番外「透花さんのスケッチブック」2/3
透花さんは『夏休みの幽霊』と呼ばれる女生徒の霊だ。
夏休みを冠するだけあって、夏休み以外は目撃されない。
『黒髪のポニーテールに、絵具でカラフルに汚れた帆布のエプロンをつけて絵を描いている、ふた昔前の生徒』――と、霊感の強い先輩が言っていた。
「なんで、ふた昔前って分かるんですか?」と聞いたら「靴下の丈が短いから」と先輩は笑って答えた。
おばあちゃん達が高校生の時は、短い靴下が流行っていたらしい。時代を感じる。
靴下の話は置いておいて。
伝え聞いた話しによると、私がこの高校に入るよりも遙か昔。彼女は学校帰りに事故で亡くなったそうだ。美術部員だったようで、彼女の物とされるスケッチブックと鉛筆が今もロッカーに残っている。それは歴代の美術部の先輩方がこっそり保管していたのだ。
「見ます? これがそうなんだけど……」
私は手に持っていた、スケッチブックを彼に向けて机の上に置いた。彼は眉をしかめ、困り顔で表紙に書かれた一文を指差して尋ねる。
「勝手に見ていいのでしょうか?」
そこには装飾された可愛い文字で『プライベート用、勝手に見ないで!!』と書かれていた。
「確かに、人の物を勝手に見るのは良くないですね。……でも、彼女を知るにはこれを見るのが一番なの。幽霊の透花さんは夏休みにしか現れないから、目を瞑ってくれるよ。……それに、私もこの中身を見てなかったら、何も考えずに処分してたと思う」
私はスケッチブックを1ページ1ページ丁寧にめくった。友達と会話をしながらアルバムを楽しむかのように。
「透花さん、上手だよね? 結構練習していたんだと思う。美大に行きたかったのかな? 将来は何を目指していたんだろう」
スケッチブックの途中までは、澄んだ空気を纏う静物画のデッサンが続いた。そして、中盤からは手のデッサンも沢山描かれていた。手の1ポーズごとにタイトルが付けられている。
「透花さん面白いの。こうやって手のポーズに合ったタイトル付けて、そして……ほら。ちゃんとオチまで有る」
私はいつも彼女のお茶目なデッサンを見ては、笑いがこぼれてしまう。一緒に見ていた神木君も思わず顔を綻ばせた。
「堅い人かと思ったけど、ちゃんとふざけられるんですね」
「面白いよね? おばあちゃんが昔の芸人さんに似た人芸をする人が居たって言ってたなぁ……私、ほぼ一人で活動していたから、寂しくなったらこのスケッチブック眺めてたんだ。透花さん、いい子なんだよ……」
私が変な事を言ったせいか、彼は少し驚いた。
「……先輩は、透花さんと話した事があるのですか?」
「まさか! 霊感も無いから会ったことも無いよ。絵描きは絵を見れば、作者はどんな人なのか分かるの。不思議だよね? この人とは気が合うとか合わないとか。どんなに隠そうとしても、創作物には人柄が出ちゃうんだよ」
このスケッチブックが長年捨てられず残った要因の一つに、彼女のお茶目な人柄があった。私の先輩も同じで、笑いながら彼女を紹介してくれた。
「それに……。仲良くなった後に、あんなもの見たら余計捨てられないというか……」
「あんなもの?」
この先は、彼女も見せる事を望まないかもしれない。一瞬ためらった。
でも、彼は何か解決してくれそうな気がしたので、ゆっくりとページを進める。
数ページの空白の後に、トランペットを演奏する男子生徒のスケッチが現れた。




