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サマー・レガート  作者: 雪村灯里
『サマー・レガート』 夏瀬 透花

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6/8

#6 恋の廻廊

※残酷描写あり

 今日も吹奏楽部が練習をしている。


 それを聴きながら、美術室で絵を描いているのが好きだった。でも一番の目的は――


透花とうか、 練習終わったから一緒に帰らないか? アイス食いに行こうぜ」

「うん! ちょっと待ってて、今片づける」


 夏休みでも大河たいがに会えるから。

 私と彼はなんでも話せる仲だ。……ただ一つを除いて。


 あくる日、吹奏楽部の練習が終わっても彼は美術室に来なかった。

 私は鞄を持って、吹奏楽部が使っている音楽室を訪れる。するとそこには、大河と頬を染めた女子が一人、二人は話していた。

 私も鈍く無い。立ち去ろうとしたら迂闊にも鞄が扉に当たり、大きな音を立ててしまう。目を丸くした二人が私を見た。


「ごめん、帰るね?」

「待て、透花!……中澤!?」


 中澤と呼ばれた女子は、荷物を持つと脱兎のごとく音楽室から出て行く。すれ違いざま私を睨む彼女の眼光に肝が冷えた。取り残された私達の間にヒグラシの声だけが虚しく響く。


「……告白、されたの?」

「……ああ」


 ――やっぱり。


「よかったじゃん! おめでとう!」

「え?」

「親友に可愛い彼女が出来てうれしいよ」

「親友……」


 ――ちがう、私は何を言っているんだ、本当は私も!


「先帰るね。お幸せに」

「……ああ」


 人生で一番早く走ったかもしれない。私は学校を出て駅に向かった。もっと早く気持ちを伝えれば。いや、気持ちを伝えて今の関係に亀裂でも入ったら。でも……


 一歩踏み出していたら私達、変われた?


 横断歩道の信号が変わるのを待っていた。私は背中を押され、車道に大きく一歩踏み出してしまう。


 けたたましいクラクション。

 恐怖に顔を歪めたドライバー。

 衝撃と共に体が浮き、世界がゆっくりと回転する。




 最期に見たのは、真っ赤な空。



 「……たいよ……大河……」


 ◆


 堰を切ったように涙があふれた。


「私、死んでた……でも、事故じゃない……あの日、私は誰かに押されたの」


 全て思い出した。ずっと忘れていたかった。

 顔を覆う手が黒く変色する。頭が痛い、視界が赤く染まる。


「透花さん堕ちないで。透花さんの願いは復讐じゃないでしょ?」


 何を言ってるの? 私、殺されたんだよ? 死ななければあの続きが……


 続き?


 ちゃんと気持ちを伝えられた? 分からない。今ですら怖い。いやだ……大河を待ったあの幸せな夏休みに居たい。


「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ぺたりと座り込み、ひたすら泣いた。龍巳の声が静かに響く。


「透花さんは夏休みの幽霊としてこの学校の怪談になった。命日にだけ、この教室に現れる。だから夏休みのたびに君を探した。現れる法則を掴むまで苦労したよ……」


「……だから龍巳は会うたびに成長していたの?」


 彼は静かに頷く。なんだ、おかしかったのは私の方だった。大河は悲しそうに目を伏せて胸の内を吐露する。


「透花すまない。あの日無理にでも引き留めなかったこと今でも後悔している」


 この夏の日に置いてけぼりだったのは、私だけじゃなかった。大河も(とら)われていた。


 龍巳がゆっくりとしゃがみ込み、私に問う。


「透花さん、君は何を願うの?」


 彼の言葉は不思議と私の頭に響いた。


「私の願い……」


 私はゆっくりと立ち上がり、年老いた大河の前に立つ。

 体型も変わり顔には皺が深く刻まれ、髪の毛も白く量が減ったかもしれない。でもその眼差しは変わらない。


「……大河、すっかりおじいちゃんになったね」

「ああ、透花は変わらないな」


「幽霊だもん。大河は何も悪くない。だから、もう大丈夫。それに、復讐はいいや。大河と過ごした日々が幸せだった……。最後に逢えて良かった」


 言えなかった言葉を、一番言いたかった言葉を紡いだ。


「大河、大好きだよ」


 大河が優しく微笑みゆっくり頷くと、身体が軽くなった。周囲がふわりと明るくなる。


「龍巳、私の願いは『死んでも誰かを好きでいたい』。願いは成就じょうじゅした。叶えてくれて、ありがとう」

「いや、叶えたのは透花さん自身だ」

「クールだな。龍巳、ありがとう! 楽しい夏休みだった。これからも、たくさん絵を描いてね」


 そう、これでいい。思い残すことなく言えた。

 私の長すぎる夏は終わった。


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