#5 彼の約束
朝から茹だるように暑い。そしてこの美術室、私がいない間に誰か来たようだ。物置部屋の様に荷物が増えている。それに埃っぽい。
珍しいことに、龍巳は午前中に来なかった。私はいつも通り絵を描き進める。そして、ある程度描き進めたので、イーゼルから離れて制作中の絵を確認する。それを見て、私は愕然とした。
明るい色合いで描いていた筈なのに、絵の中には悍ましい赤黒い空が広がる。
「え……。私、何をしてるんだろう」
近くの木から、幾羽のカラスが鳴き、飛び立った。不気味さに悪寒が走る。しかも、既に日が落ち始めていて、時の速さに戸惑う。
(怖い……。今日は調子が悪いんだ、帰ろう)
そう思った時だった。ガラリと音を立てて戸が開く。
「透花さん、遅くなってごめん」
少し声が低いが、龍巳の声だ。夏風邪でも引いたのか? まったく。
私は振り向き、そのままの姿勢で凍りついた。
「……龍巳?」
そこに居たのは更に成長した龍巳だった。静かに私の前に歩み出た彼は、私と同い年位の容姿で、身長も私を追い越していた。髪も伸び、長い前髪の間から悲しそうな目が私を見つめる。
怖い。いくらなんでも1日で中学生が高校生になるなんて……。
「ねぇ、どういう事? 数日でこんなに大きくなるって……。何なの? 」
「落ち着いて透花さん。怖いよね? でも説明するから」
「いや! 触らないで」
彼は私の手を掴もうとするが、掴んだのは虚空。私の体は透き通り、私と龍巳の手が同じ空間で重なる。
「何……。これ……」
「透花さんゴメン。僕、約束を破る」
龍巳は泣きそうな顔で謝った。泣きたいのは私の方だ。
「約束? 意味分からないよ?」
「透花……」
懐かしい声が聞こえた。その声も掠れていたが、アイツの声だ。
「大河! おねがい!! 助け……」
入口を見ると、戸の前に居たのは一人の老人だった。しかし、その眉・目・口元すべてに彼の面影がある。
「……大河?」
「神木大河。透花さん、この人は僕の祖父だよ」
祖父? そんな、大河は私と同い年で……
「透花、気付けなくてすまない。ずっと一人でここに居たんだな」
ずっと、一人? どういう事?
「落ち着いて聞いて。 透花さんは本物の幽霊なんだ」
私が幽霊? そのワードを聞いた途端、頭が思考を拒否し、心が粟立つ。
(やだ、怖い何で私が?――なんで死ななくちゃいけないの?)
「あ……」
見開いた目から、涙が一筋流れた。
「透花。君は50年前の今日、事故で亡くなったんだ」
煩かった蝉たちが鳴止み、美術室は耳が痛いほど静かになった。




