#4 其の動機
今日も朝から暑い! いつも通り制作に勤しんでいると、これまたいつも通り扉が開いた。勿論入室してきたのは、緑色のスケッチブックを抱えた亜麻色の髪の少年・龍巳だ。
「おはよう、透花さん」
「おはよう……て! また身長伸びてない?」
私は慌てて立ち上がり、彼の周りをぐるぐると廻った。目線が私と同じだ。とうとう同じ背丈になってしまった! 引き気味の私に、彼は呆れたように言い放つ。
「中学生だからね。そりゃ伸びるよ?」
「えっ? 龍巳、中学生だったの? 私てっきり小学生だと……」
「小学生っていつの話? もう、忘れっぽいんだから。それより見て」
あんなに可愛げがあったのに、反抗期か?
「まって? 昨日あげたスケブもう使い終わったの!? どんな勢いで描いたのよ!!」
私は、彼がパラパラと捲るスケッチブックを食い入るように見た。ページが進むたびに精密になってゆくデッサンは彼の成長の証だ。
(どうしよう。私より上手になってるよ!!)
最終頁まで来ると彼は満足そうに私を見下ろした。私は思わず気持ちが零れる。
「末恐ろしいわ~」
「褒め言葉として受け取っておくよ。今日は勝手に描いているから透花さんも自分の絵に集中して」
そう言うと、彼は近くの席に鞄を置き、机の上にガラスのコップや瓶などのモチーフ置いて描きはじめた。その手つきはつい最近デッサンを始めたとは思えない程慣れていた。鉛筆も手際よく削っている。
中学生に負けてられない! 私も自分の事頑張らなくちゃ!!
私は気合を入れて絵に向かった。
◆
どれくらい時間が経ただろうか。 龍巳が話しかけて来た。
「透花さんは何で絵を描くの?」
「なんで? って……好きだから」
私は彼の澄んだ目を直視できずに答えた。嘘をついている訳ではない、言えないのだ。彼は鉛筆を置いて私に向き直った。
「透花さん嘘ついてる? それとも隠し事? いいんだ。言わないなら透花さんの事人に話しても」
机に肘をつきニヤニヤと私を見つめる。このクソガキ! 脅してくるとは。
「はいはい! 言いますっ……。わ、私が死んでからも、私が描いて遺した作品で誰かを支えたいの」
「誰かに好きになってもらいたいってこと?」
「逆かな? 私が好きになりたいのかも。大勢に持て囃されるより、偶然出会った1人を励ましたいというか……。時を越えて見つけてくれた誰かに愛を届けたい」
「透花さん、意外とロマンチックだね?」
「うるさいなぁ! だから言いたくなかったのっ」
私は頬を膨らまし、再びイーゼルに向き直る。もう、ひっぱたいて良いだろうか?
「ごめんごめん。でも、透花さんの願いは分かった。さて、日も暮れて来たし僕は帰るよ。邪魔してごめん」
「えっ……もうそんな時間? わかった。お疲れ」
彼は片づけると、すたすたと入口に向かい、何か思い出したように振り返った。
「じゃあまたね。透花」
呼び捨てなんて生意気な! でも懐かしくて、心がこそばゆかった。
あれ? なんで懐かしいのだろう。
夕日に染まる廊下に消えて行った彼を、私は無言で見送った。




