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サマー・レガート  作者: 雪村灯里
『サマー・レガート』 夏瀬 透花

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#2 絵の王国

 無断で校舎に侵入し、勝手に部活動をしていた私は、同じく勝手に侵入した少年に弱みを握られ、絵を教えるという珍事に見舞われる。


 美術室の木製スツールに座り、私は龍巳たつみ君に尋ねた。


「絵の何に困っているの?」

「先生が上手と思う絵にならないんだ。教科書や見本を見て描いても、楽しくなくて……」


 先生が……? この子は相手が望むものを考えすぎて、雁字搦がんじがらめになっているのか。小さいのに難儀なんぎだな。


「わかった。早速始めよう。あの引き出しに画用紙が有るから一枚持ってきて。棚の中に色鉛筆やクレヨンがあるからそれも」


 彼は不安な顔をしながら準備をして席についた。私はコホンと咳払いして講義を始める。


「龍巳君は世の中で何を見ているのが好き?」

「犬とか、動物かな?」

「じゃあ、龍巳君の好きな動物を描いてもらおうかな? この画用紙は龍巳君の王国だから、どんな描き方でも構わない。使う色も、大きさも、上手い下手も関係ない。ルールは1つ。王様の望むままに描く事」


「僕の望むまま……わかった。やってみる」


 彼は画材の入った箱を開けると、早速製作に取り掛かった。


 私達は与えられたキャンバス上(王国)で、誰もが何者にも縛られず自由に表現することが出来る。ただそれを世に出す場合は社会のルールがあり、良し悪しの基準が有る事も事実だ。しかし彼がそれを学ぶのは、もっと描くことが好きになってからでいい。まずは自分の為に描いて欲しい。


 数時間、夢中で動物を描いた彼は、不安そうに絵を差し出した。私は彼の絵を見て驚いた。


「綺麗……私、龍巳君の絵の色遣い好き! それに動物も普段から良く見てるんだね。いろんな表情の子がいて見てて楽しい! 龍巳君なら苦手なモチーフでも、よく観察して描けば克服できるよ」


 素直な感想を述べると彼は目を輝かせた。


「僕の絵、好きになってくれるの?」

「うん! ファン2号になる」


「2号?」

「そう、1号は龍巳君自身。王様は自分が造った国の一番のファンでなくちゃいけないの。だから、龍巳君も自分が描いた絵を好きになって大切にしてほしいな」


 それを聞いて彼は描いた絵を宝物の様に見つめた。これで少しでも絵に対する苦手意識が消えればいいのだけど……


「トーカさんありがとう! 楽しかった!」

「良かった! もうこんな時間か。龍巳君は家遠い? 送るよ」


 彼は手際よく片付けると、絵を大切そうに抱えて無邪気に手を振る。


「ううん、近くだから大丈夫。ありがとう!」


 彼は足取りも軽く、昇降口へと消えていった。


「あー……喜んでくれて良かったぁ」


 どっと疲れが出たが、目を輝かせる彼を思い出すと私も満足だ。道具を片付けて、私も教室を出る。

 

 私はこの日を境に、不思議な出来事に捲き込まれる。この時の私には1ミリも想像できなかった。

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