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サマー・レガート  作者: 雪村灯里
『透花さんのスケッチブック』 篠崎 七海

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10/10

番外「透花さんのスケッチブック」3/3

 透花さんのスケッチブックに描かれた、トランペットを演奏する男子生徒のスケッチ。


 静物デッサンがメインで、おまけで手や顔のパーツの練習をしていた彼女が描いた唯一の人物画。


 それは彼女が心に秘めていたものだろう。トランペットを吹く男子生徒の絵を見て神木君は息を飲む。そんな彼に私なりの考察を語った。


「きっと、透花さんはこの男子生徒が好きだったんだろうね? 彼女の恋は実ったのか、実らず逝ってしまったのか……。気になって捨てられなかった。きっと、隠すように描かれているのだから、彼女は気持ちを伝えてないかもしれない」


 このスケッチブックは透花さん自身だ。


 重たい息を吐いて、チラリと神木君を見ると、彼も悲しそうな顔をしていた。

 夏休み前に、彼までセンチメンタルにさせてはいけない。茶化すように続ける。


「それに、このスケッチブックを捨てようとすると、受験に落ちるってジンクスもあったし。『沢山ある空きロッカーに、ジンクスが一つ入っても邪魔にならない』って先輩方は管理していた。――でも、それも今日まで。私が最後だから私が片付けなきゃ……」


 静かにスケッチブックを閉じると、黙って聞いていた神木君が意を決したように話し出した。


「篠崎先輩。僕、必ずこの高校に入学するので、そのスケッチブックを引き継がせてもらえませんか?」


 思わぬ提案に、目の前が明るくなったように感じた。しかし、会ったばかりの彼に透花さんを託すのは、しり込みしてしまう。


「気持ちは嬉しいけど……どうするの? 持って帰るの? 」

「いいえ、彼女のロッカーに戻して欲しいんです。夏休み前にスケッチブックが消えていたら透花さん悲しむと思って」


 確かにそれはそうだ。


「でも、夏休みが終わったらどうするの? この校舎、売却だの貸出だの取り壊しだのいい噂きかないよ?」


 彼は、スケッチブックの表紙を愛おしそうになぞった。その指先に宿る感情は、何なのだろう。悲しそうな顔を隠すように彼は優しく微笑む。


「僕は人の望みを叶えるのが得意なんです。大丈夫、透花さんも先輩達の思い出の場所も僕が引き継ぎます。僕、こう見えて理事長の孫なんです」


 彼の一言に笑ってしまった。不思議な子だ。


「わかった。透花さんをよろしくね。神木君」

「はい。彼女の望みも叶えます。だから篠崎先輩も将来の夢を叶えてください」


 思わず面喰ってしまった。そうだ、私はまだ立ち止まれないんだ。彼女の分まで、がんばるって決めたんだ。


 ◆


 卒業して、夏が過ぎ、秋になった。


 大学の授業が急遽休講になったので、久々に母校を訪れた。

 去年までここに居たと思うと感慨深い。


 先生に許可を貰い、旧棟の様子を見に行った。すっかり使わなくなった旧棟には人の気配が無く、異世界に迷い込んだみたいだ。

 廊下を進むと、青春を過ごした美術室にたどり着く。ノックをして扉を開けると、そこには三人の学生が居た。


 譜面とにらめっこする天使みたいに可愛い女の子は、私を見ると立ち上がり元気よく挨拶をした。


 彼女の向かいには、ノートパソコンのキーを真剣に叩く目つきの悪い男の子が居た。彼は振り向き目が合うと会釈をする。


 そして、イーゼルの前で絵を描いていた男子生徒が、立ち上がり振り返る。真新しい帆布はんぷのエプロンを身に付けていたのは神木君だ。


「こんにちは、お邪魔します。OGの篠崎です。神木君……本当に入学したんだね?」

「ええ、正式な部活動では有りませんが、みんなが安心して創作に打ち込める居場所を作りました。ここも理事長直々に自由に使っていいと任されていますので」


 にっこりと笑った彼は、ズボンのポケットから厳つい鍵を取り出して見せた。


 古く使わなくなった旧棟は、取り壊しか、外部の団体に貸し出す話も出ていたが、白紙になったらしい。


「一体どんな技を使ったの?」

「それは、ある人の願いを叶えた対価です」


 彼はやんわりと笑い詳細を語らなかった。願いの対価で校舎ごとどうにかしてしまうのはスケールがデカい。怪しい取引をしていなければいいと願うばかりだ。


 神妙な顔で頷く私に、神木君は尋ねた。


「先輩は今、何をされているのですか?」

「私は大学生だよ。諦めずに勉強して、国立の教育学部に何とか入れた。美術の先生になる為に頑張ってるよ。透花さんはどうしてる?」


 一番気になっていたことを聞いてみた。穏やかに、懐かしむ様に彼は教えてくれた。


「透花さん、今年の夏に願いを叶えて逝きました。今の彼女は好きな人の元にいます。安心してください」


 窓から清々しい風が吹いた気がした。女の子が笑って走り去ったような……


「そっか、安心した。いろいろ引き継いでくれてありがとう。神木君も仲間が出来たみたいでよかった。高校生活楽しんでね。じゃぁ、私は行くよ」


 夕焼けが差し込む廊下を、満たされた気持ちで歩いた。

 見えない友達の恋が叶ったと聞いて安堵した。伝えられてよかったね、透花さん。


 でも、帰り道ふと思った。


「あのトランペットを吹く男子、龍巳君と似ていたな?」

番外編もお付き合いくださり、ありがとうございました!

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