遥か昔 世界で一番嫌われた魔王のお話
これは昔本当に実在した、世界を一番良くしようとしながらも世界を破壊し悲惨な末路を辿った、たった一人の魔王と呼ばれた男の物語…
彼はしがないただの一般人だったと聞いた。代り映えしない朝を迎え窮屈な人ごみの中を移動し、かすかな光の中を彷徨い、また同じ朝を迎えていたと言う。そんな彼がなぜ、いつからあのような行動をし魔王と呼ばれ始めたのか、どうして私も同じ場所に連れて行ってもらえなかったのか、今もまだ答えは出ずに胸の奥でくすぶっている。だけどどうしても考えてしまう。彼はそんなことを考えなければ、私があの地下室で出会わなければ、彼はもっとこの世界で生きられたのだろうか。わからない。だけどあの時あの場所で手を差し伸べられていなければきっと私は今ここで生きていない。だからこそ彼が死ななければならなかったこの世界を私は嫌いと言い続ける。私は私自身が生き続けることが私を苦しめると知っていても生きねばならない。たとえそれが呪いだとしても。その道は決して闇で染まった復讐なんてしない眩い光に満ちていて、血泥みなんかで汚れていない真っ白な花道でなければならない。わかっている、わかっていても私はこの世界が、彼が死ぬ間際何もできなかった自分を含めた人類が憎くて憎くてたまらない。でも憎み切れなかった。だって彼が命を賭してまで変えてしまった今を、世界を敵に回してまでも彼が勝ち取った未来を、私は記録していくのだから。何より彼が魔王と呼ばれ全世界から恐れられようと、彼自身が誰よりも世界のためを思い、どれだけ世界を愛していたかを私は知っているのだから、憎めないよ…だってわたしが愛した、あなたが愛した世界だもの…
大ばあちゃんの日記はここで終わっていた。私はこの現実味を帯びた話を知っていた。しかしそれは私の知識と大きくかけ離れた物語だった。あっけにとられていると廊下から小さな足音が聞こえてくるのを感じた。私は急いで大ばあちゃんの日記を大切に包んで机の奥にしまい込んだ。それと同時にかわいらしく愛しい声が私を呼ぶ。
「ママーご本読んでー」
わたしは今の気持ちを心の奥にしまい込んで娘に微笑む。
「はいはい、今日はどんな絵本を読んでほしいのかし…」
私は娘の持ってきた絵本に言葉を詰まらせてしまった。それこそ今まさに大ばあちゃんの日記にあった魔王の物語を題材にした絵本だったからだ。元となった男は今も歴史の教科書にも載っている。その男は突如あらわれ世界を蹂躙していき世界各国との大戦が起きた。しかし、いつしかできた世界連合によって魔王は滅ぼされたとされている。嘘を伝えるか悩んでいた私の顔を、娘は不思議そうにのぞき込んでくる。その顔を見た私は娘の頭を軽くなでながら絵本を読み始める。
娘に絵本と違うよと、指摘されながら
これは遥か昔 世界を一番愛した魔王のお話