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第4章〜推しが、燃えるとき〜⑬

 光石候補 1545票

 石塚候補 1455票


 出直し選挙の結果、第106代の一宮高校生徒会選挙は、光石琴(みついしこと)候補の当選となった。


 結果が発表される瞬間の候補者と支援者の表情を取材するため、僕は、光石候補が待機する視聴覚室を訪れていていた。

 出直し選挙では、所属するクラブとクラブ連盟の支援を辞退したため、吹奏楽部の活動場所である音楽室は使わず、光石は選挙管理委員会に申請を行って、この一室を使用しているそうだ。


 正式な支援は断ったものの、やはり、彼女に対して支援を申し出る生徒は多く、僕たちと同じクラスの女子生徒や吹奏楽部の有志たち、そして、一年生の天野さんをはじめとした数十人のメンバーが視聴覚室に集まり、選挙結果の発表を待っていた。


 視聴覚室の天井から吊るされたスクリーンに結果が表示されると、室内は、女子生徒たちの甲高い声に包まれた。


「おめでとうございます! 光石さん!」

「おめでとう、琴!」

「ホントに、良かった……お疲れさま!」


 天野さんたち支持者から、次々と声をかけられた光石候補は、周囲の生徒たちに何度も頭を下げながら、一人一人と両手で握手を交わして、お礼と感謝の言葉を述べている。


「みなさんの応援の声に励まされて、この場に居ることができました。みんなへの感謝の言葉は、どれだけ言葉を尽くしても伝えきれないけど……いまの学校の状況を考えて、万歳三唱はナシでお願いします」


 用意されていた花束を受け取った当選者が周囲にそう伝えると、視聴覚室は、拍手に包まれた。

 支持者に祝福される光石の姿を写真に収め、生徒会役員となる抱負を聞き取って取材を終えると、僕は彼女に、当選のお祝いの言葉を一言だけ伝えて、視聴覚室をあとにする。


「もし、私が生徒会長選挙に当選したら……」


 という彼女の問いかけに答えるのは、もう少し先にさせてもらおうと思った。


 そうして、取材結果を伝えるため、放送室に戻ろうと廊下を歩いていると、


「佐々木、ちょっと良いか?」


と、僕に声をかけてくる男子生徒の声がした。


「塩谷、どうしたの?」


 声の主は、クラスメートの塩谷浩三(しおやこうぞう)だった。


「このあと、時間を取ってもらえないか? 生徒会選挙の結果が出たから、自分が感じていたことを話したくて……」

 

 遠慮がちに言う男子生徒に対して、軽く微笑みながら答える。


「もちろん! 有権者の声を聞かせてもらうのも、僕たち放送・新聞部の大事な仕事だからね。取材させてもらえるなら大歓迎だよ」


 そう応じた僕は、放送室に向かう道順を変更して、放課後も開放されている食堂に向かった。

 大食堂に備え付けられた小さな丸椅子に腰掛けた塩谷は、すぐに口を開く。


 急いでICレコーダーの準備をしながら、僕はクラスメートの言葉に耳を傾けた。

 

「今回の出直し選挙でも、オレは石塚に投票させてもらった。やっぱり、三週間前の自分の考えを否定したくなかったからな」


 ―――そんな中でも、三週間前に投票したときと比べて、なにか心境に変化はあった?


「そうだな……少なくとも、今日は、降谷通(ふるやとおり)の言ってた十条委員会やクラブ連盟に対する怒りで投票したわけじゃないってことかな? 降谷がイイ加減な内容の動画を配信していたことに対して、何の責任も取らずに逃げ続けているって理由もあるけど、自分なりに、石塚に反対していた生徒のSNSを見て、クラブや委員会のメンバーが持たれている疑惑は、動画で語られていたような実態では無いってことがわかったから……」


 ―――そうなんだ……それでも、石塚候補に投票した理由は?


「それは、さっきも言ったように、この前の投票を間違いだと思いたくなかったってのがあるかな。それと、既得権益を打破するって言う石塚の主張は、自分の考えと一致してるから」


 ―――そっか。その石塚候補は、今回の出直し選挙で落選ということになったけど……?


「オレ自身は、それも仕方ないと思ってる。石塚は、今回の出直し選挙で『全校生の民意を問う』って言ってたけど……この前、選挙があったばかりだし、1ヶ月の間に、二回も投票するなんて、迷惑に感じるヤツもいるだろうしな」


 ―――なるほど……そういう見方もあるか……一方で、当選した光石候補に期待することはある?


「光石さんや周りの生徒は、降谷の動画の影響で、イヤな想いもしたと思うんだ。そのことを一言も非難しないのは、彼女の芯の強さを感じたよ。それに、光石さんは、今日の演説の最後に『あなたの声を私と一緒に届けましょう』って言ってたよな? あの言葉には、ちょっとグッと来たかも。オレは、クラブ棟の建て替えについて、せめて、賛成か反対かの生徒投票を実施してもらいたいと思ってるんだ。新しい生徒会長には、そうやって、全校生徒の声を聞いてもらいたいと思ってる」

 

 ―――そっか……今日は、話しを聞かせてくれて、ありがとう。こうして、生徒のナマの声が聞けて良かったよ。


 そう答えると、塩谷は、少しだけはにかむように「いや、こっちこそ……」と答える。

 そして、ICレコーダーの電源をオフにした僕にたずねてきた。


「なあ、オレが今回も石塚に投票したのは間違ってなかったのかな?」


 不安そうな表情で問うクラスメートのようすに、今回の本題があることを感じながら、僕は答えた。


「選挙の投票に正解もない間違いも無い、と僕は思ってるんだ」


「そ、そうか?」


「うん! これは、受け売りの言葉だけど、『民主主義の良さは、失敗してもやり直せること』らしいよ。自分の投票行動について、『どうして、あの候補者に投票したのか?』を自分で再点検しながら、常に認識をアップデートしていくしかない。だから―――塩谷が、前回と今回の選挙で石塚候補に投票した理由を自己分析していることは、とても大事なことだ、と僕は考えている。塩谷の考えは、きっと新しい生徒会長も歓迎すると思うよ」


 これまでの選挙戦の取材を通じて、自分なりに考えたことを述べる。

 

「そ、そうか!」


 さっきと、まったく同じ言葉を返しながら、クラスメートの表情は、とても晴れやかなものになっていた。

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