第4章〜推しが、燃えるとき〜⑪
11月28日(金)
一宮高校の全校生徒3000名が、大講堂に集まった。
これだけの人数が集まると、普段は、広々とした空間で、がらんどうのように思える大都市のコンサートホールに匹敵する広さの会場も、手狭に感じられる。
この日の最高気温は、15℃と比較的、過ごしやすい気温だったけど、大勢の生徒が集まったためか、あるいは、一部の生徒の熱狂のためだろう? 大講堂は暑苦しさすら感じるほどの熱気に包まれていた。
写真撮影などをはじめとした取材活動のため、僕たち放送・新聞部のメンバーは、舞台袖で待機しながら、講堂のようすを観察している。
大講堂の前方に設置された舞台に二人の立候補者が登壇すると、生徒たちが座っている席から、
「石塚さ〜ん! がんばれ〜!」
という声が上がった。
その声援に、周囲がざわつき始めたところで、舞台の左手側に設置された司会用の演台に立っていた選挙管理委員会の代表者michiこと間未知が、「全校生のみなさん、お静かに願います」とアナウンスを行う。
その後、しばらくの間つづいた喧騒が収まるのを落ち着いたようすで待っていた彼女は、大講堂が静寂に包まれるタイミングを見計らって、もう一度、口を開いた。
「選挙管理委員会の間です。これより、第106代の一宮高校生徒会選挙立候補者演説を行います」
落ち着いた口調で語られる司会進行ぶりに感化されるように、全校生徒の大半が、黙ったまま舞台左側の演台に視線を送っている。
そうして、自身に注目が集まっていることを感じ取ったであろう司会者は、さらに柔らかな口調で、進行を続けた。
「一人目の演説者は、2年生の石塚雲照さんです。石塚さん、中央の演台へどうぞ」
michiが告げた言葉に導かれるように、男子が舞台の中央に設置された大きな演台に進むと、生徒たちの座席からは、拍手が沸き起こる。大きな演台の前に立った石塚候補は、目の前の大勢の生徒に向かって、軽く一礼したあと、語り始めた。
「この度、あらためて生徒会長選挙に立候補しました石塚雲照です。今回、一宮高校生徒会はじまって以来の出直し選挙を行うことになりました。これは、全校生徒のみなさんに、民意の大切さを考えてもらいたい、と思ったからです」
彼は、ここで言葉を区切り、演台から講堂全体を見渡す。
「先日の生徒会選挙で、わたくし、石塚雲照は、クラブ連盟からも運営委員会からも支援を受けずに当選を果たしました。このことは、昨今の組織票に頼るだけの生徒会選挙とは、一線を画す、画期的な選挙戦だったと自負しています。そして、そんな石塚の選挙を支えてくれたのが、クラブ連盟にも委員会にも所属していない、一般の生徒のみなさんです!」
石塚候補が言い切ると、会場からは大きな拍手が起こる。
SNSでの広報を担ったフェザーン社との関係が明るみに出た現在でも、彼が、まだまだ多くの生徒を味方につけていることは間違いないようだ。
かつて、ドイツにおいて、世界一有名な独裁国家を作り上げた政党が、演説会や党大会の会場で行っていたように、あらかじめ拍手をする人間を仕込んでいなければ……だけど。
「そんな生徒のみなさんの支持、1345票を得て、石塚雲照は、第105代の生徒会長に選出されました。それでも、その選挙結果に納得がいかないという声があったのも事実でしょう。ここで、もう一度、一宮高校の民意を示し、過半数の信任を得て、生徒会の運営を行っていきたい! わたくしは、そう考えています」
なるほど……反石塚派の票を割るために、出直し選挙でもバスケ部の陣内辰之を立候補させるかも、と思っていたけど、今回の狙いは過半数の得票ということか……。
実際、先日の生徒会選挙の結果について、「これが、全校生徒の民意だ」という声に対して、「石塚会長は、過半数を得たわけじゃないだろう!」という反論が多かったのも事実だ。
演台の前に立つ候補者の言葉に耳を傾けながら、僕がそんなことを考えている最中も、演説は続く。
「そうして、本当の民意である信任を得たあとには、わたくしを罷免したクラブ連盟や委員会のみなさんとも手を取り合い、一宮高校を意見対立や分断のない、明るい学校にしようではありませんか!」
石塚候補が、ふたたび言い切りの形で言葉を区切ると、さっきと同じように、会場から拍手が起こる。
「わたくし、石塚雲照は、既得権益を打ち破り、誰もが自由に意見を語り合える、そんな一宮高校を目指したいと考えています。みなさんの一票をぜひ石塚雲照に託してください。以上です」
演説をが終わると、僕の隣でため息を漏らす声が聞こえた。
その声に反応し、かすかに視線を送ると、上級生がつぶやく。
「ネットで拡散されたデマで校内を混乱させたことに対する謝罪は、ナシか……」
そして、彼女はこう続ける。
「まったく……今年の過激な選挙戦の最初の犠牲者は、『真実』だね……でも、それも、今日で終わりか……」
演台から離れる男子生徒と、その彼に拍手と声援を送る大勢の生徒たちを見つめながら、ケイコ先輩は、そう言った。
この2ヶ月の間に起きたさまざまなことを思い出しながら、僕は、次の登壇者の出番を待つことにした。