第4章〜推しが、燃えるとき〜③
取材の終了後、僕たちが会社にお邪魔をさせてもらったにもかかわらず、フェザーン社からは、
「せっかく、お越しいただいたので、手土産に……」
と、洋菓子の紙袋が手渡されそうになった。
それは、『日本で一番売れているフィナンシェ』として知られているア◯リ・シャルパンティエの焼き菓子の包みだった。
ただ、二学期の最初に、クラスメートの光石琴から高級チョコレートを受け取った僕を
「あ〜あ、見事に買収されっちゃって……」
「次期権力者とメディアの癒着よ、癒着!」
と、非難したケイコ先輩は、部外者用のスマイルを浮かべながら、
「お気持ちは、大変ありがたいのですけど……」
と、前置きをしたうえで、
「学校の活動方針として、放送・新聞部は、取材をした方から、お品物をいただいてはいけない決まりになっていますので……貴社の皆さまで、お召し上がりください」
と言って、手土産の受け取りを断ってしまった。
自分自身だけでなく、ミコちゃんやトシオの大好物でもある焼き菓子の紙袋を恨めしく眺めながら、フェザーン社をあとにした僕は、駅までの途中、先輩に語りかける。
「ケイコ先輩は、本当にストイックですね。フィナンシェくらいもらってもバチは当たらないし、ミコちゃん達だって、これから、記事を書くモチベーションのアップに繋がったかも知れないのに……」
僕がそう言うと、上級生女子は肩をすくめつつ、呆れたように返答する。
「こういうのをキッパリ断っておかないと、他のクラブの物品の授受なんて記事にできないでしょ? 取材先からフィナンシェをもらった報道関係者が、どの口で、男子バスケ部の『おねだり疑惑』を批判するの? 石塚くんを支持した生徒からツッコミを入れられたら、どうやって弁解するつもり?」
「そ、それは……」
「フェザーン社は、石塚くんに、ずいぶんと肩入れしてるみたいだからね。私たちが、彼に不利な記事を書いたりしたら、間違いなく、焼き菓子を手渡したことをリークするでしょ? 相手は、広報のプロなんだから、印象操作なんて、お手の物なんだし」
「た、たしかに……」
「フィナンシェの語源は、フランス語の金融家、お金持ちって意味の単語から取られてるそうだし、山吹色のお菓子の受け取りは、避けておいた方が無難よ」
「そうですね。わかりました」
ぐうの音も出ない正論にうなだれた僕が頭を下げると、先輩は澄ました表情で続ける。
「まあ、それでも、今日はこれから徹夜覚悟で記事を書かなきゃだしねぇ……モチベのアップのためにも、北口駅での乗り換え前に、モ◯ゾフのプリンでも買って行こうか?」
その一言は、僕を……そして、放送室に残る二人を一瞬にして幸福にする言葉だ。
「ケイコ先輩。さすがッス! これで、部員の士気も上昇です」
テンションが上がった僕の言葉に対して、「大げさねぇ……」と、苦笑して答えつつ、
「それより、佐々木くんは、どんな印象だった? さっきの取材」
と、話題を変えてきた。
駅に到着したところで、テーマが本題になったことを察知した僕は、プリンの一言でほころびそうになった表情を引き締めて、ケイコ先輩の問いに答える。
「正直に言うと、あの社長さんが悪い人だとは感じませんでした。ただ―――」
「ただ……?」
「僕は、比良野社長に、一宮高校の生徒会選挙に『混乱』と『分断』を持ち込んだ当事者としての自覚があるのかどうかを確かめたかったんですけど……今日の取材では、彼女にそうした自覚があったようには、これっぽっちも感じられませんでした」
僕が取材中に感じたことを率直に語ると、先輩は興味深そうな表情で「ふ〜ん」と、つぶやいたあと、
「やっぱり、佐々木くんを連れて来て良かったわ」
と言って、微笑んだ。
「どうしてですか? 僕が比良野社長にたずねた質問は、一つだけだったし、これなら、ミコちゃんやトシオが来ても変わらなかったんじゃないかと思うんですけど……」
僕が、そう答えると、先輩は首を振って答える。
「その問題意識を持って質問をしただけで、十分よ。佐々木くんの言うように、私も比良野社長が悪人だとは思えない。でも、彼女は広告代理店の代表を務めているにもかかわらず、PRとプロパガンダの違いがわかっていないようね」
「なんですか? PRとプロパガンダの違いって……?」
なんだか、ちょっと難しい話しになりそうなのを覚悟しながら、先輩にたずね返す。
「これは、市石高校で広報部の部長をしている花金さんから聞いた話しなんだけどね……」
そんな前置きをして、ケイコ先輩は語りだす。ちなみに、市石高校とは、近隣にある市立石宮高校のことで、広報部という風変わりなクラブが存在している。
「広報活動に使われるPRって言うのは、『パブリック・リレーションズ』の略で、『クライアントと利害関係者との間に継続的な信頼関係を構築する』って言う意味らしいの。一方で、佐々木くんも知っていると思うけど、プロパガンダは、自分たちの都合の良いことのみを強調して、意図的に特定の思想や行動へと誘導うする』こと。花金さんは、『広報部の代表者として、いつも、この二つのことに注意しながら活動している』と言っていたわ」
なるべく分かりやすい話しにしようと要約してくれたであろう上級生の努力に報いるように、僕は頭をひねりながら、返答する。
「つまり、こういうことですか? 比良野社長のフェザーン社は、生徒会選挙で目覚ましい成果を出したけど、石塚候補が本当の意味で生徒たちとの信頼関係を築けるように活動したのではなく、投票者に対して、依頼主にとって都合の良い情報のみを一方的に与える方法を取った、と……?」
「そのとおり! 飲み込みが早いじゃない!? それは、佐々木くんが、今回の問題点を正確に感じ取っている証拠だよ」
そう言ったケイコ先輩が、さっきよりもわかりやすく微笑みを返してくれるのと同時に、ホームには列車の到着を告げるアナウンスが流れた。