第4章〜推しが、燃えるとき〜①
男子バスケ部の部長の座を追われ、全校生徒から白い目で見られていた石塚雲照を生徒会選挙で当選させる程、効果的な選挙戦を指導したとブログで主張する比良野フミ氏。彼女が代表を務める広告代理店・株式会社フェザーンは、私鉄沿線のローカル線の駅から徒歩で5分も掛からない場所にあった。
また、ここは、僕が、クラスメートの光石琴から受け取ったお気に入りのチョコレートを販売している店舗から、近い場所でもある。
約束の午後5時、時間どおりに会社に到着すると、社員と思われる女性が応対し、室内に招かれた。
ブログに掲載されていた画像のとおり、フェザーン社の事務所は、とても小洒落た雰囲気の内装だった。ただ、一宮高校の世論を短期間にひっくり返すほどのSNS選挙戦を指導した、という実績の割には小ぢんまりとしたようすで、大企業のオフィスビルのような物々しい雰囲気を想像していた僕としては、少し拍子抜けすると同時に、どこか緊張感がほぐれる安心感がある。
(ブログの写真と一緒だ……)
案内された応接フロアに腰掛け、学校を出発する直前まで確認していた、石塚と女性社長が写っていた《notes》の記事を思い出しながら、室内を見渡していると、右の脇腹に軽い衝撃を受ける。
(コラ! あんまりキョロキョロしないの!)
目だけでそう訴えてくるケイコ先輩の視線にうなずいたところで、
「お待たせしました。当社代表の比良野です。あなたたちが、一宮高校の放送部の方?」
と、言って女性社長が、応接フロアにやってきた。
間違いない―――!
選挙演説を撮影していた動画で確認したとおり、彼女こそが、石塚候補のそばで支援を行っていた女性だ。
「本日は、貴重なお時間をいただき、本当にありがとうございます。一宮高校、放送・新聞部の富山です」
挨拶と同時に自己紹介を行ったケイコ先輩に続き、僕もすぐに相手に自分の所属と名前を名乗る。
「同じく、放送・新聞部の佐々木です。よろしく、お願いいたします」
いつも以上に丁寧な言葉遣いを意識したつもりだったんだけど、所属を名乗った先輩と僕に、女性社長は、一瞬だけ怪訝な表情を見せた。
「放送・新聞部ですか? 私は、一宮高校の放送部と聞いたつもりだったんだけど……」
少し困惑したように語る社長に対して、ケイコ先輩が即答する。
「少人数でクラブが統合されて以降、良く聞き間違いをされるんです。申し訳ありません」
先に適当な理由を語ることで、疑問を封じることができたのか、比良野社長は、
「そう……こちらの電話を取り次いだ者が聞きそびれていたのかも知れないわね……」
と、つぶやいたあと、
「それで、今回は、どんなことを聞きたいの? 若い皆さんの参考になるお話しができれば良いんですけど……」
そう言って、少しだけ僕らのことを試すような雰囲気を感じさせながらも、取材に応じる態度を見せてくれた。
そんな取材相手に対して、上級生の女子生徒は、気後れすることなく取材モードに入った。
「今回、私たち放送・新聞部は生徒会選挙の取材や報道の仕方を通じて、自分たちの活動の限界を感じている部分があります。そこで、SNSでの情報発信戦略に長けた貴社のお話しをうかがいたいと考えています」
普段、僕たちには、あまり見せることが無いケイコ先輩の丁寧な口調に、比良野社長が、余裕を感じさせる笑みで応じると、質問が始まった。
―――選挙戦でこれだけの逆転劇を演じるには、相当の準備が必要だったと思うのですが、石塚候補から生徒会選挙の立候補のお話しが出たのは、いつ頃のことだったのでしょうか?
「石塚さんから生徒会選挙に立候補して、『いまの自分の苦しい立場を……風向きを変えたい……』という相談をいただいたのは、9月の下旬だったと思います。私たちフェザーンでは、他の学校の生徒会選挙のお手伝いもさせてもらっていたんですけど、石塚さんは、中学生のときに通っていた学習塾を通じて、そのことを知ったそうなの。結局、その候補者さんは、当選というわけにはいかなかったんですけど、大方の予想を覆して、二番手となる、次点の得票数を得たんですよ」
中学生のときに通っていた学習塾というフレーズに、僕は思わず声をあげそうになるのを我慢した。
一方、ケイコ先輩は、表情ひとつ変えることなく、質問を続ける。
―――ご依頼主に差し支えがなければうかがいたいのですが、他の学校の生徒会選挙のお手伝いというのは、二宮高校の関候補のことでしょうか? 実は、私たちも、二宮高校の生徒会選挙を取材させてもらっていたんです。そこで、一年生の関くんの大健闘に注目していまして……もしかしたら、そこでも、貴社と比良野社長のご尽力があったのではないですか?
「あら、あなた、なかなか鋭いわね。それに、良いカンを持っている! ご依頼主との守秘義務があるので答えられないけれど……たしかに、私たちは、一年生の生徒さんが立候補した生徒会選挙をお手伝いさせてもらいました。その時の経験が、一宮高校の生徒会選挙でも生きた、ということはあるかも知れませんね」
僕たちが未成年ということもあってか、時々、くだけた口調になりながらも、比良野社長は丁寧に質問に答えてくれている。ただ、その中身は、明らかに僕たち放送・新聞部が行ってきた取材の裏付けになることが多い。
ブログの記事によれば、石塚雲照が、プレゼンテーションを受けた同じフロアで行われる取材活動は、さらに続く……。