第3章〜動物農場〜⑮
「いや、無茶じゃないですか!? いくらなんでも僕たちの取材を受けてくれるとは思えませんよ!」
そう抗議しようとする前に、ケイコ先輩は、すでに広告代理店の株式会社フェザーンのホームページにアクセスして電話番号を調べあげ、スマホから電話を掛けていた。
「おいおい、マジかよ……」
通話が始まるかも知れないので、小声でつぶやくトシオの心情に賛同せざるを得ない。
Trrrrr……Trrrrr……Trrrrr……
先輩が、わざわざスピーカー機能をオンにしてくれているおかげで、スマホのスピーカーから漏れる音は、僕らにもダダ漏れだ。三度目の呼び出し音が鳴ったあと、
「はい、株式会社フェザーンでございます」
と、スマホの向こうから声がした。
「お世話になります。わたくし、一宮高校放送部の富山と申します。本日は、御社の比良野社長のインターネットの記事を拝見し、取材をお願いしたく、お電話させていただきました。比良野社長はおられますでしょうか?」
ケイコ先輩が、僕らと話すときよりも1オクターブ高く、丁寧な口調で自分の名前と要件を伝えると、電話に応じた女性が「少々お待ち下さい」と答えたあと、保留中を告げるメロディーが流れ、しばらくすると、
「はい、比良野でございます」
と、別の女性の声が聞こえてきた。
正直なところ、たとえ電話がつながったとしても、受け付けの段階で門前払いを食らうと思っていただけに、社長本人につながったことだけでも、僕は驚いていた。
ただ、こうした状況に慣れているのか、ケイコ先輩は動じることなく、社長相手にも臆さず要件を告げる。
「お世話になります。わたくし、一宮高校の富山です。お忙しいところ、申し訳ありません。今回、比良野社長がnotesに書かれた生徒会選挙の広報戦略に関する記事に大変、感銘を受けまして、ぜひとも比良野社長のお話しを直接おうかがいできないかと思いまして、お電話させていただきました」
「まあまあ、それは、ご丁寧に……」
「つきましては、近日中に放送部として取材をさせていただきたいと考えているのですが、差し支えなければ、ご都合の良いお日にちを伺えないでしょうか?」
「あら、一宮高校のみなさんが取材ですか? そうねぇ……明日以降は忙しくなるから……ちょっと、急だけど、今日これからの時間なら大丈夫ですよ。トミヤマさんだったかしら? そちらのご都合は?」
「ありがとうございます! もちろん、大丈夫です!! それでは、わたくし、富山と佐々木の二名で訪問させていただきますが問題ないでしょうか?」
(えっ、僕も行くんですか? しかも、いまから!?)
思わず抗議しそうになるが、先輩は通話中なので、なんとか、声を出すのを我慢する。
「二名で来訪ですね? お時間は、どれくらい掛かりそう?」
「ここからなら、30分〜40分くらいで到着できると思います。午後5時に訪問させていただきたいと思いますが、大丈夫でしょうか?」
「午後5時ですね。承知しました。それでは、お待ちしております。夕方で暗くなる頃ですから、気をつけてお越しください」
「ありがとうございます。それでは、失礼いたします」
丁寧にお礼を言って終話ボタンをタップしたケイコ先輩に対して、親友と下級生女子は、一斉に称賛の声をあげる。
「ケイコ先輩、さすがッス!」
「あっという間に、取材交渉をまとめるなんてスゴイです!」
一方の僕は、ようやく声を出すことが許される状況になったので、自らの言い分を主張した。
「先輩、ちょっと待って下さいよ。僕も取材に行くなんて聞いてませんよ! それに、これから出掛けるなんて、心の準備が……」
「放送・新聞部の部員なのに、突発的な取材に対応できなくて、どうすんの? これまでも、男子バスケ部の取材や石塚くんの出馬表明で緊急出動なんてことはあったでしょ?」
「いや、それとこれとは……」
念のために言っておくけど、男子バスケ部にしても、石塚の立候補表明にしても緊急事態だったとは言え、それは、所詮、一宮高校の校内の出来事であり、相手は同じ学校の高校生だ。
ところが、今日これから向かおうとしている訪問先は、生徒会選挙の事前情勢を覆すほど、広報戦略に長けたプロの広告代理店の社長が相手なのだ。これまでの取材相手とは、ワケが違う。
そう考えて尻込みする僕に、ケイコ先輩は発破をかけるように言葉をかけてきた。
「佐々木くん、さっき、比良野社長のブログを見たとき、天野さんやクラスメートの子のことを考えて情報発信をしてほしい、って言ってたよね? 彼女は、天野さんや、一般の生徒だけなく、石塚くんの対立候補である《《光石さんの気持ちも》》、もて遊んだんだよ。そんな相手を見過ごして良いの?」
先輩の口から光石琴の名前が告げられたことで、僕の身体がピクリと反応する。
その瞬間を見逃さなかった、トシオとミコちゃんが、顔を伏せながらも肩を震わせているのがわかった。
「わかりました! 行きます、一緒に行かせてもらいます!」
なかば、ヤケになりながら答えると、僕の返答に満足したようすのケイコ先輩は、表情を変えないままうなずいて、短く告げる。
「覚悟が決まったなら、さっさと準備! 40秒で支度しな!」
(先輩、引用するセリフが古いです……)
心のなかでツッコミを入れながら、取材道具をまとめていると、先輩は残りの二人にも指示を出す。
「それと、古河くんとミコちゃんは、自治生徒会選挙条例の211条を確認してから、このブログが書き換えられないかをチェックしておいて!」
空から降ってきた少女を救い出すのと同じくらいの決意を固めた僕が放送室を飛び出すと同時に、先を行くケイコ先輩が僕に振り向きながら質問をする。
「ところで、佐々木くん。これから行く取材に大いに関わると思うんだけど、プロバガンダの語源って知ってる?」
取材に向かおうとした途端、唐突に投げかけられた難問に戸惑いながら返答する。
「プロパガンダって、政治宣伝のことですよね? すいません、意味は理解しているつもりですが、語源までは知りません」
素直にそう答えると、先輩は、校内の廊下をズンズンと歩きながら、「別に謝る必要は無いけどね」と言ったあと、こう答えた。
「プロパガンダっていうのは、ラテン語で『繁殖する』『種をまく』『挿し木や接ぎ木』をするって意味の言葉が語源になってるそうなの。これから取材する女性社長が、どういう意図で、ああいうプレゼン資料を作ったのかはわからないけど……ミコちゃんや佐々木くんが感じたように、生徒会選挙の有権者を作物や収穫物に例えたのは、なかなか上手い皮肉よね」
上級生女子の言葉に、またひとつ勉強になった、と感じながら、先輩が上手い皮肉と例えた言葉に、僕は底知れない不気味さを感じていた。