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第1章〜彼を知り、己を知れば、百戦して殆うからず〜③

「あ〜あ、見事に買収されっちゃって……」


 クラス委員からの告白(?)を受け取ったあと、いつものように、放送・新聞部の部室に顔を出すと、これまた、いつものように、夏休み前を最後に部を引退したはずなのに、いまだに部室に居座っている富山敬子(とみやまけいこ)先輩に苦言を呈された。


 僕らの部室で優雅に読書タイムを楽しんでいるケイコ先輩は、『群集心理』という難しそうなタイトルの文庫本を読んでいるようだ。

 

 部室に入った直後、同じクラスのトシオより遅れてきた理由を問い詰められた僕は、光石の生徒会長選挙立候補宣言と次期生徒会メンバーへの勧誘を受けたことを話してしまったのだ(それでも、自分が、かつて彼女に自分の想いを告げた経験があることと、その事実上の返答をもらったことは、なんとか隠し通した)。


「買収なんて、人聞きが悪いじゃないですか! これは、彼女の善意のあらわれですよ!」


 チョコアソートの声を箱を指差しながら、そう抗議の声を上げたが、ケイコ先輩は、僕の言葉を一蹴する。


「取材対象や権力者と一緒に食事をしたり、金品をもらうなんて、ジャーナリストとしては失格モノよ。光石(みついし)さんは、今のところ、生徒会メンバーじゃないから良いケドさ……今回は、事実上の会長選挙出馬宣言な訳だし、厳密に言えば、次期権力者とメディアの癒着よ、癒着! これは、由々しき事態だわ」


 淡々と自説を語る先輩の言葉に、僕をはじめ、部室に集っているトシオもミコちゃんも、


「そんな大げさな……」


と、苦笑いを浮かべている。


「みんな、そんな顔してるけど、笑いごとじゃないんだからね! 政治家と会食して得た情報をそのまま、ニュースショーでタレ流す政治評論家が、どれだけ有害なのか理解しないと」


 そう言えば、政府関係者に寿司をおごってもらうことで情報を得ている評論家が、一部では、ス◯ローなんて、ありがたくないニックネームで呼ばれていたな……なんてことを思い出しながら、僕は、これ以上ケイコ先輩のお小言が長引かないように、会話を切り上げることにした。


「わかりました、ケイコ先輩。ご忠告にしたがって、これからは、些細なモノも受け取らないようにしますよ」


 そう答えたものの、仮に光石琴が生徒会長になってしまうと、約半年後のバレンタインデーには、チョコがもらえないのか……と、考えると、少し寂しい気持ちになる。


 そもそも、彼女は、チョコレートをエサにして、他人の歓心を買おうとするような人間じゃない。

 それは、一年の頃から同じクラスで彼女のことを見ている僕が、いちばん良く知っているつもりだ。


 僕が、光石琴のことを最初に意識したのは、一年生の夏の頃だった。


 夕方、部活動を終えて自転車で下校しようとした僕は、校門を出てしばらくしたところで、大声で泣いている小学生の女の子を見かけた。自転車を降りて、低学年のように見える小柄な少女のようすを眺めながら、しばらく、


(う〜ん、どうしたものか……?)


と、考えていると、僕の背後から、


「どうしたの?」


と、心配そうに声をかけてくる女子がいた。

 女の子を眺めるだけだった僕を尻目に、少女に優しく声をかけた光石琴は、泣きじゃくる小学生を一生懸命なだめてその声に耳を傾け、少女から「帰宅時に迷子になってしまった」ということを聞き出した。


 ただ、低学年のためか、少女の自宅の詳しい住所がわからないことに、光石自身も困っていたようだ。


「なにか、僕にできることはある?」


 これまでのようすを見守っていた僕が、彼女にたずねると、すぐに具体的な指示が返ってきた。


「あっ、佐々木くん! このままだと、このコのお(うち)がわからないままだから……近くの小学校に行って、事情を伝えてもらえないかな? 私は、一緒に歩いて、この子を小学校まで連れて行こうと思うから……」


「わかった!」


 返事をした僕は、すぐに、近くの一宮(いちのみや)小学校まで自転車を飛ばし、校門のチャイムを鳴らして、応答してくれた教頭先生に、少女が帰宅途中に泣いていて、同級生の女子が付き添っていることを伝えた。


 すると、低学年の担任だという若い女性の先生が校門まで出向いて来てくれて、僕に「彼女の居る場所まで案内をしてほしい」という。小学校の先生と一緒に、光石と少女が居た場所まで向かって行くと、彼女たちも小学校の方に歩いてくる途中だった。


 女性の先生の顔を見た少女は、安心したのか、ようやく笑顔になり、あとは、先生と学校に戻ってから帰宅することになった。

 先に顔を合わせたため、僕は、小学校の先生から何度もお礼を言われたが、少女を助けるために、具体的な行動に出て、僕に的確な指示を出したのは、光石琴だ。

 

 放課後に起きた、ささいな共通体験から、それまで同じクラスだったものの、教室での座席が離れていたため、彼女とあまり話す機会がなかった僕は、そのクラスメートのことを少しずつ意識するようになった。


 そして、二年生になって、ふたたび同じクラスになったことをキッカケに、思い切って、光石に自分の想いを告げたことは、もう説明したと思う。


 そのときは、「いまは、吹奏楽部の活動に専念したい」という理由で、回答を先延ばしされたものの、今日、こうして、前向きな答えをもらえたことに、僕は、これ以上ない喜びを感じていた。

 彼女のような優しさや思いやりを持っている生徒が、自治生徒会の会長に就任すれば、一宮(いちのみや)高校の未来は明るい。


 そして、現生徒会長の万全のバックアップと、文化系および体育会系のクラブで構成される自治運営委員会の幅広い支持があれば、当選は、まず間違いないだろう。


 楽観主義者の僕は、そう思い込んでいたんだけど――――――。


 この直後に、放送・新聞部にもたらされた投稿に端を発した一連の事件が、この年の生徒会選挙に、大きな影響と暗い影をもたらすことになるとは、このとき、想像もつかなかった。

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