第3章〜動物農場〜⑧
11月8日(土)
生徒会選挙が終わった翌日の朝―――。
色々なことを考えすぎて、前日の夜、十分に眠ることができなかった僕は、自室のベッドで横になりながら、動きが鈍いままの頭で前日の取材のことを思い返していた。
候補者の言葉にしたがって、僕は下級生の女子生徒から落ち着いて話しを聞くため、放送室に来てもらった。
一年生ながら、光石候補のSNS担当をかって出た天野さんは、さまざまな状況から、十分に情報発信ができなかったことを悔やみ、その点について、大きな責任を感じていることを会話の端々から察することができた。
そんな中でも、印象に残っているのが、彼女のこんな言葉だ。
「さっき、光石さんがみんなの前で言ったことをどう感じましたか?」
天野さんが発した一言にうながされるように、僕はあわてて取材用のICレコーダーの音声ファイルを再生させる。
レコーダーに記録さされた光石琴の言葉を確認した下級生の女子生徒は、その一言一句を噛みしめるようにうなずきながら、絞り出すように言葉を発する。
「この『校内で一人一人の顔を見ながら行う投票の呼びかけだけでなく、SNSを通じて大々的な選挙活動を行うという、一宮高校はじまって以来の生徒会選挙を経て、この学校の生徒のみんなが学んでいくチカラがあることを私は信じています』という言葉は、私自身に投げかけられたような気がするんです」
「それは、どうして?」
僕がたずねると、彼女は一瞬うつむいたあと、顔を上げ、こちらを見据えるような視線で訴えかけてきた。
「私は、光石さんのSNS情報発信担当に自分で立候補したのに、なんの役にも立てなかったどころか、光石さんや委員会の皆さんに関するデマや誹謗中傷を止めることが出来ませんでした。だけど―――」
「だけど……?」
「光石さんは、この本当にツラくて、胃が痛くなるような経験からでも、『みんなが学んでいくチカラがあることを私は信じています』と言っています。この言葉を聞いたとき、ああ、だから私は今回この人をサポートしたかったんだな、と気づいて涙があふれました。さっきの音楽室の会合で、私は最後まで頭を下げ続けていました。私には、それしか、できることなかったから……」
そう言葉を発した彼女の瞳には、ふたたび、涙があふれている。
「正直なことを言うと……選挙期間の後半は、とても怖かったです。原因がわからないアカウントの凍結に、私たちをあざわらうかのような嘲笑的で冷笑的なコメントには、『おまえ達に価値はないんだ!』って言われているみたいで……光石さんや自分自身を全否定されたみたいで……それでも―――」
「それでも……?」
「光石さんは、こんな状況でも、前を向こうと言っている気がするんです。『みんなが学んでいくチカラがある』というあの言葉に、私がどれだけ救われたか……いまさら、選挙の結果を覆すことは出来ません……けれど―――」
「けれど……?」
「『勝敗が決したから、なかったことにする』のではなく、『いったいこの選挙はなんだったんだ、そしてどんな選挙がより良いのか』を、現場にいた人間として考え続けたいと思っています。光石さんの言葉を耳にして、私はいま、そんな風に考えています。佐々木先輩は、放送・新聞部なんですよね? これからの紙面で、今回の生徒会選挙の光と影、良かった部分とそうでなかった部分を取り上げてくれませんか? 私は、次の生徒会選挙のことを真剣に考えたいんです」
下級生の女子生徒が必死で訴えるその姿に、僕は黙ってうなずくことしかできなかった……。
彼女は、光石琴の言葉に対して、「最後まで頭を下げ続けていました。私には、それしか、できることなかったから……」と語っていたけれど、それは、僕もまったく同じ気持ちだった。
いや、放送・新聞部の一員として、『公正な報道』という枷に縛られて、選挙期間中に、一方の陣営が発信するデマ情報の真偽や誹謗中傷に対する問題提起を行えなかったこと、そして、いちばん重要な時期に活動を自粛せざるを得なかった自分の認識の甘さが、取材対象の女子生徒の気持ちを深く傷つける要因になってしまったのではないか、と自責の念にかられる。
彼女が言うように、いまさら、何を言ったところで、選挙の結果を変えることは出来ないだろう……。
ただ、それでも、校内で情報発信を行うメディアとして、自分たち放送・新聞部にできることが、まだナニかあるはずだ―――。
寝不足気味の頭でそんなことを考えていると、枕元に置いていたスマートフォンにメッセージアプリの着信ランプが灯る。通知を確認すると、発信者は、このところ、僕たち放送・新聞部に対する不信感を示すことの多い同じクラスの男子生徒だった。