第2章〜宣伝的人間の研究〜⑫
その日の放課後、michiと会話をすることが出来なかった僕は、放送・新聞部の取材を兼ねて、光石琴と天野さんに付き添って選挙管理委員会に同行した。授業が始まる前にクラスメートに行ったのと同じ説明をして、光石陣営の二人が、今回の問題を選管に伝えるのを見届けた。
他の候補者の動向も気になるので、その後は、一宮高校の敷地の外で行われる選挙活動を取材することにした。僕らの高校では、生徒会選挙期間中に限り、夕方の下校時間限定で、学校からの最寄り駅である光東園駅の駅前での選挙活動が認められている。
これは、僕たちが利用している鉄道会社のかつての偉いヒトが、一宮高校の出身者だからだというウワサがあるけれど、真相は定かではない。
取材用のスマホを持って、光東園駅の駅前ロータリーに到着すると、今日も、石塚雲照候補が、一人で立っていた。ここで彼に声をかけても、まともに取材には応じてもらえなさそうなので、仕方なくスマホのビデオカメラ機能を起動させて、彼の姿を撮影する。
十四〜五メートル離れた場所から、石塚候補にピントを合わせ、徐々にズームアップしていくと、ディスプレイの中に見慣れない人影が映り込んでいることに気づいた。
あわてて、その人物にフォーカスを合わせると、ステップワゴンの車から降りてきたおばあさんが、スーツ姿の男性に誘導されながら、ゆっくりとした足取りで駅前のロータリーを歩いていく。
その歩みが、おぼつかないように感じられたので、大丈夫だろうか……と、心配しながら見ていると、おばあさんは、僕らの良く知っている男子生徒の前で立ち止まり、その場で、彼にお辞儀をし始めた。
おばあさんにフォーカスを合わせていた僕は、スマホの画面で、硬い表情のまま応対をする石塚雲照の姿を確認する。
(あのおばあさんは、ナニをしに来たんだ……これって、ナニかのパフォーマンス?)
そんなことを考えながら、あたりを見渡してみても、僕と同じ一宮高校の制服を着ている生徒のほとんどが、特にその姿に関心を示すようすはなく、駅の改札に続く階段を登っていくだけだ。
ただ、石塚になにかのお礼を言ったと思われるおばあさんが立ち去ると、今度は、先週末と同じように、青色のワンピース姿の女性が、彼に近づいていく。
(たぶん、この前と同じ人だよな? なんだろう、学校外の石塚のファンか?)
男子バスケットボール部の部長を罷免されたとは言え、バスケ部は、全国大会に進んだ強豪チームなので、そのチームのキャプテンに学外のファンが居てもおかしくはない。
(それにしたって、やけに熱心すぎる気もするけど……まあ、ボランティア精神なら、その活動を止める理由はないか……)
そう思いつつ、しばらく彼らを観察していると、ここで演説を行うのかと思ったら、さっさと撤収の準備を始めてしまった。そして、その直後、十数人の生徒を引き連れて、別の候補者が駅に向かって歩いてくるのが見えた。
沈んでいく西日を気にしているのか、丸いサングラスを掛けていても、独特の出で立ちで、遠目からでも彼のことはすぐにわかる。
降谷通だ――――――。
駅前のロータリーに悠々と到着した候補者は、対抗馬のはずの石塚候補に対して、
「石塚くん、応援してるよ! がんばってね〜」
と、エールを送ると、肩に掛けられるショルダーメガホンの電源を入れて、演説の準備を始めた。
降谷がマイクを握ると、彼に付き従ってきた十数名の生徒が、一斉に拍手して歓声を送る。
「降谷候補、待ってました! また、みんなが知らない真実を語ってください!」
そのようすを僕は、冷めた目で眺めていたんだけど……。
周囲の人たちの注目を集めることに長けた降谷通の演説は、なかなか、堂々としたものだった。
その演説のようすを僕はスマホのカメラで録画することにした。
「合言葉は、風紀委員会をぶっつぶす! 降谷通です! 事前予告なく金曜日に立候補を表明したばかりなのに、みんな動画を見てくれてありがとう! あの動画でも話しをさせてもらったように、降谷通は、生徒会長になろうとして立候補したわけではありません! あくまで、クラブ連盟と運営委員会、そして、校内メディアという既得権を持っている人たちからイジメを受けている石塚雲照くんの無念を訴えるために、立候補したんです!」
降谷が今日の第一声を発すると、「おお〜」という声があがり、さっきよりも大きな拍手がわく。
「先ほどまでね、石塚クンは、この場所で演説を行っていたようなんですけど、みんな、まだまだ本当の彼をわかっていないのか、一宮高校の生徒には、ほとんどスルーされていたみたいです。でもね、彼のことを見ているヒトは、キチンと見ているんですね。今日、ここで、石塚くんにお礼を言っていたおばあさんが居るんですけど、それは、バスケットボールが校外で行っている町内美化のボランティア活動に対して、お礼を言いに来てくれたそうなんです。ここに集まってくれているみなさんに聞きたい! そんな人が、部内イジメだとか、モノのおねだりとか、そんなことをすると思いますか?」
演説者の問いかけに、周囲の聴衆から声が飛ぶ。
「思わないぞ〜! オレたちは、メディアに騙されていたんだ〜!!」
降谷通にフォーカスせず、周囲の聴衆の雰囲気も記録しようと俯瞰で撮影を行っていたスマホのディスプレイには、声を送る支援者(と言って良いのだろうか?)の姿も写っている。
「そうですよね! ここに居るみなさんは、真実に目覚めた生徒たちです。そんなみなさんのために、今夜、十条委員会のとてつもない大きな闇に迫る動画をアップロードしますので、楽しみに待っていてください。まだ、ボクの動画を見たことがない人は、《YourTube》で、降谷通のひとり放送局、降谷通のひとり放送局で検索してみてください! それじゃ、今夜、動画で会いましょう! 降谷通でした!」
彼が人前で演説する姿を見るのは初めてだったけど、聴衆との掛け合いと言い、身振り手振りを交えて語る言葉といい、聞く者の心をゆさぶるモノがあるということは確かだった。
それでも、冷静に彼の演説を聞いていた僕には疑問が残った。
演説の直前に駅前に到着した降谷通は、どうして、あのおばあさんと石塚が交わした会話の内容を知っていたのだろうか――――――?