第9話 救出
上半身を脱力して、光の元素と雷の元素を体の芯に集めていく。アームドを鎧のように広く展開する。
自然体で周囲の元素を感じ取れ。
父さんに習ったコツを思い出しながら、丹田に意識を集中する。おへそのすぐ下を中心に、全身に行き渡るように元素を溜める。先端になるにつれて細く鋭くなるようなイメージ。それを反転させて、周りに一斉に放つ。
“リベリグ・ルーモ”(弾ける光)
でたらめにあたり構わず光の針を飛ばした。体中しびれてきているから、どうせ細かいコントロールは効かない。最大出力だ。同時にピートが大きめの水滴を辺りにばらまく。光が水に乱反射して、一面、まばゆさに包まれた。光や雷を帯びた水針はポップルバットたちに乱れ向かっていく。ドサッ、ドサッと木の下に落ちていったり、声をあげながら逃げていったりしている。
大方追い払うことができた。今だ!
小道に向かって走りだす。が、二歩目を踏み出した右足首に力が入らず、膝から崩れ落ちた。右肘を地面に強打して、そのまま一回転してしまった。指先どころか手や腕にも力がうまく入らない。起き上がることなんて、到底できない。なんでだろう。毒が全身に効いてくる時間にしては短すぎるし。ただのポップルツリーじゃなかったのか。
痛みに負けて、意識が遠のいていく。頭を引き延ばされているかのようだ。視界はぐわんぐわんと揺れている。ポップルバットの鳴き声もだんだん遠くにいき、まぶたが勝手に閉じていく。りんごの毒々しい匂いが鼻の奥にこびりついている。ピート…。
◇ ◇ ◇
「ソラ…。ソラ。」
遠くの方から誰かに呼びかけられる。
ゆっくりとまぶたをあける。
ご飯の支度をする音。聞き慣れない話し声。古ぼけた木の天井には文字や絵などが所狭しと描かれていた。ほのかにただようスープの香ばしい匂い。森にいたような気がしたが、よく思い出せない。
瞬間、我に返り、ガバッと起き上がる。ぽとりとタオルが落ちた。
ピートは?
ここはどこ?
体勢を変えようとすると、ずきりと腰が痛む。包帯を巻かれた両手。
暖かい布団。
誰かに助けられたんだ。
「あっ。」
枕元では暗橙色のピートが静かに寝息を立てていた。窓際の灯りが僕らをぼんやりと照らしている。ベッド脇にある短いローソクはゆらめき、すぐ側には小さな木の丸イスが置かれていた。テーブルの上には図鑑のようなものがあり、見慣れない動物が偉そうにこちらを向いている。
…そうか。
ゆっくりとベッドの脇から立ち上がり、窓を開けて外を見た。赤い三日月が大きな顔をして居座っている。
ガチャ。
白いワンピースに緑のベスト。黄金色の髪を肩まで伸ばした少女が入ってきた。紫色の飲み物が注がれたグラスと大小とりどりの豆がのった小皿をお盆に載せている。
ピタッと視線が合う。
少し間をおいて、「お、起きたんですね!お、おはようございます!」と早口に言った。
きょどきょどした少女の態度に、思わず、こちらもどぎまぎしてしまう。
「おはよう…ございます。」
僕も軽く頭を下げる。
少女はお盆をテーブルの上に置き、こちらに会釈をした後、「ママー!起きたよー!」と部屋から叫びながら降りていった。少し体勢を整えながら、痺れていた手足の先を動かしてみる。毒は…抜けているな。もう、大丈夫。
「ここの家族に救われたんだぁ。」
ピートは片目をぼんやり開けて、そうつぶやき、再び眠りに入った。
階段を登ってくる足音がいくつか聞こえる。部屋の前で、足音が止まる。
コン、コン、コン…ガチャッ。
先ほど見た少女に続けて、両親と思しき二人も部屋に入ってきた。
「起きたのね、良かったわ。具合はどう?」
先ほどの少女によく似た女性が話し出した。柔らかな微笑みを浮かべている。
「助けていただいて、ありがとうございました。」
ゆっくりとベッドから降りて、深々と頭を下げる。
「気にしないで。昨晩、主人があなたを担いで来た時は、何事かと思ったけれど、顔色もすっかり良くなっていて、安心したわ。」
「おかげさまで、すっかりよくなりました。」
「良かったねぇ。」と少女と母親は笑い合っている。
「…あの、僕はソラと言います。こっちはピートです。助けていただいて、本当にありがとうございました。」
「構わねぇ、構わねぇ。困った時はお互い様よ。気にするこたあえねぇ。」
すごく気さくな感じだ。話すリズムが小気味良い。
「先に名乗りなさいよ。困ってるでしょ。」
小声で注意されている。仲睦まじい様子がありありと伝わってくる。きっと、この家族は幸せな家族だ。
「あぁ、すまねぇ。おれぁ、ロッツ。こっちは家内のアンナ。そして、娘のマーサだ。よろしくな。」
ニカッと手を上げる。僕は小さく会釈した。
「ところでよ、ソラくん。なんであんな時間に、ご神木の近くだなんて、危ないところにいたんでぇ?」
ロッツさんは怪訝そうな表情を浮かべる。
「実は…まだ、頭の整理が全然…。」
少しの沈黙が流れる。夫婦は顔を見合わせて、心配そうに僕とピートを交互に見た。