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第6話 影の使い魔


「じゃ、また後で。」

ユンナは僕と目が合うと、涙交じりにふふっと笑い、背中をポンっと押してくれた。

「約束だからね。」

ユンナと別れて、僕は再び入り口へと向かう。何だか体がすごく軽い。入ってくる人は増えているのに、先ほどよりスムーズに入口までの通り道が見えた。


ぼよぅん。


いざ館を出ようとすると、分厚いスライムのように透き通る扉に弾き戻された。簡単には出られないようになっている。元素構成の詳細はわからないが、複雑に練り合わせて作られているようだった。仕方なく光の元素を全身にまとう。なんとか外へ出ることができた。


館から出た途端、吐き気がするほど強烈な悪意にあてられて、気を失いそうになった。ありえないほど濃密な元素があたりに満ちてきている。

村人の多くは不審がりながらも、駆け足でオババ様の館の中へ進んでいく。時折、声をかけられた気がするが、あまり頭に入ってこなかった。

この時期特有の浜風は貫くような寒さを連れてくる。提灯や街灯は煌々と光り、遠くにたたずむ父さんを容易に見つけることができた。


五十メートルほど離れたところで、深い紫の元素を身にまとい、大刀を担いで、すっくと立っている。その周りには逃げ遅れた者たちがぐったりと地面に横たわっていた。

じっと空を見上げている。僕も同じように空に目をやった。何だろう。この感じ。じとっと視られているような。べったりと後ろに張りつく感じを強く覚えた。夜空の奥から何かがやってくる。気配よりもずっと確かな未来を感じ取ることができた。


「父さん…。」

「ソラか。」

諦めにも近い表情で、くすりと笑う。

「…戻りなさい。」

僕はニコッと笑って、首を横に振る。ぽふっと頭の上に手を置かれて、髪の毛をくしゃっとされた。

「空の彼方に何かいるよね。」と星の向こうを指さした。

父さんは少し目を見開いて僕を見つめた後、ぽりぽりと頭をかいた。

「ソラも大きくなったんだな。」

そうつぶやいて、涼しそうな笑みを浮かべた。そして再び、雲ひとつない真っ暗闇の奧を眺めた。静けさがちぢれ雲のように伸びていく。


「来るぞ。」


聞こえ終わらないうちに、バリバリと闇が割れはじめる。見たこともない怪物が僕の目に飛び込んできた。


空間が裂けていく。裂け目の向こうは虹色で、常闇の村には似つかわしくないほど輝いていた。

閃光が僕たちを包みこむ。気づいた時には目の前に、これまで見たこともないようなサイズの真っ黒な狼が現れていた。

父さんは一瞬、顔をしかめた後、小さく舌打ちした。仁王立ちで大刀を強く握りしめている。別人のような眼差しで黒狼をにらみつけて、「ゴドム…。」と小さくつぶやいた。父さんが急に知らない人に思えた。はじめてみる横顔だった。

狼のような生き物はアレリグロスよりもはるかに大きく猛り狂っている。僕と父さんを一べつすると、天高く遠吠えた。低く鋭い声が耳をつんざく。避けられない戦いを告げるかのようにこだましていく。

遠くの方で稲光が鮮やかに空を彩っているのが見える。先ほどまで漆黒に染まっていたのが嘘のようだ。


バチッ、バチッ…バチィン。


あちこちから、何かが擦れて、弾ける音が聞こえてくる。

なんだ?

何が弾けているんだ。音がするたび、黒狼の周りにあった光が次々と消え失せていく。形だけの提灯が強風に揺られて、いくつも飛んでいった。

美しい満月を背に、黒狼は身を震わせて、こちらに向き直った。不敵な笑みを浮かべて、光に照らされている僕たちをじいっと眺めている。吸い込まれそうな瞳。自分の体はもはや自分のものであって、自分のものではない。

次の瞬間、黒狼は視界から消えていた。


「ソラッ!」


父さんの一喝で我に返る。それでも手足がすくんで、うまくアームドを起動できない。地面と強く結ばれているみたいに膝から先が言うことを聞かなかった。

父さんの手が肩に回ったかと思うと、視界がグルンと歪んだ。まばたきの後、気がつくと林の中にいた。正面にはキョロキョロと辺りを見回している大きな黒い背中。

父さんは近くの光を左手に集めては取り込んでいく。そして、いつも腰につけていた巾着を緩めて、「ソラ。」と小声で呼びかけ、ふわりと投げよこした。

僕はそれを受け取りながら、いまひとつ状況を飲み込めないでいた。一体、何が起きてるのか。あいつはなんなのか。他の村人たちには目もくれない。明らかに僕たちを意図的に狙っている。

ゴドムは深く息を吐き、肩を落とした。首を左右に軽くひねった後、大きく息を吸い込んだ。


「まずい!」

父さんが素早く地面に手を当てる。ブワァッと影が飛び出し、僕たちをドーム状に守ってくれた。

ゴドムは手当たり次第に咆哮をぶちまけていく。轟音とともに小爆発があちらこちらで起きている。分厚い雲に覆われて、辺りはさらに薄暗くなってきた。

指先から緊張がほぐれていく。ぎこちなくではあるが、なんとか動けるようになった。どうやら、ずいぶんと強張っていたらしい。

父さんは優しく笑って「大丈夫。」と言い、僕に軽くハグをした。


「…でも、一旦、お別れだ。」


そう言って、頭をなでるなり、右手を僕の背後に伸ばした。何かに強く引っ張られる感触が背中から迫ってくる。あっけに取られる僕のことなんか気にもせず、突如、現れた黒い世界は僕をずんずんと飲み込んでいく。


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