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第53話 草原を越えて

みんなと囲む食卓は心地いい。

出発に際して、旅立ちの祝膳をドレさんたちが作ってくれた。半分食べて、半分残さなければならないらしい。机の上はずっとパーティーのままだ。


雲間から陽光が射しこむ。霧のような雨が地面から空に向かって昇っていく。一通り準備を整えて、トットさんを先頭にルーブさんと僕たちはアク・ヴォ・モントへと向かった。

丘の上から様子を観察したあと、コウウリンの方へと歩きだす。タノモーリとは違って、獣道が方々に伸び、気配を探り合う緊張感が漂っている。風は穏やかだが、雨足がかなり強い。

ピートは嬉しそうに旋回している。雨を取り込んで大きくなると、そのまま雨除けになってくれた。それにしても手足が重く、頭や肺が痛い。他のみんなはどうなんだろう。



道すがら、トットさんから質問をされた。

「もしかして、あの地図について何か知っていたのかね?」

「いえ、あの地図のことは知りませんでした。ただ、あの地図は父さんが作ったものです。元素から考えて。」

トットさんもルーブさんも、雷でもくらったかのように口をあんぐり開けていた。マーサは気づいていたようで、クスクス笑っている。

「あの冒険者はソラくんのお父さんだったのかい。合点がいったよ。」

ライさんは懐かしむような顔で僕を見た。

「どうかしましたか?」

「いや。ソラくんがモレビから帰ってきた時、石に呼ばれたと、そう言っておったが。あれと同じセリフを聞いたことがあっての。」

「もしかして…。」

「そう、シンラ。君のお父さんじゃよ。」

「それまでは石に呼ばれるというのは伝承や逸話として残っていた程度でしたのよ。」

「話を聞くと、シンラはモレビから石を一つだけ採ってきておっての。呼ばれたから拾ってきたが、何の石か知りたいと。」

「それで、私が鑑定しましたのよ。」

「わしも石に呼ばれた、だなんて、にわかには信じられんかったからの。イエちゃんやアンナちゃんに見せた。特大のウルシゴクだった。」

父さんがこの国に来てた?

どうしてだろう。それに、どうやって?

わかったことと、わからないことが同時に増えていく。



 ◇ ◇ ◇



その後も道なき道をずんずんと進んでいく。

やがて開けた草原に出た。けれど、そこは生き物の感じが全くしない、すごく不快な草原だった。

草原に入ると、嘘のように雨足がやわらかくなり、雨粒も目に見えるか見えないかくらいのサイズになった。

と、また、さっきと同じような頭痛にみまわれる。視界もぼやけて、耳鳴りもひどい。なんとか足を止めないように踏ん張るけれど、ぐわんぐわんと景色は歪み続けている。


それでもなんと進んでいると、そのうち随分ましになり、周りの景色がきちんと目に入ってきた。

草原がだんだん二色に分かれていっている。手前は青みがかった緑が、それより奥は紫や赤の草木が生い茂っている。


「ルーブちゃん、これは…。」

トットさんが葉に触れるなりポロポロと形が崩れていく。草木であって、草木でない。植物らしさのかけらもなかった。

ルーブさんは形の崩れた葉っぱをさわって、まじまじと眺めている。


「毒ですわね。わたくしたちは血清が効いているから感じないだけで、もう十分すぎるほどの毒に囲まれてますわ。」

何やら小さい試験管に色々なものを集めている。少しふらついているようにも見えるけど、大丈夫なのだろうか。

ピートはすっかり元の姿に戻り、マーサは先ほどから、あたりをキョロキョロ見回しては、せわしなく動き続けている。

草原の境目にきたところで、先頭を歩いていたトットさんが手を上げた。


「…わしとルーブちゃんではこれ以上はもたん。二人は、何ともないかの?」

今は全く何ともない。いつもと変わらない。

僕は「大丈夫」と小さくうなずいた。

「マーサは?」

マーサはまだ周りを気にしていたが、こちらを振り向き、一言。

「大丈夫だよ。」 と言って、ピースサインを向けてくれた。


ルーブさんを見ると、草原に入った時とは違って、息も荒く、小刻みに揺れていた。お世辞にも顔色がいいとは言えない。採取はまだ続けていたが、動きがぎこちなく、足取りもおぼつかない。

「ソラくん、あの正面の大きな木が見えるかね?」

トットさんが正面にある灰色の大木を指差した。

「はい。あれですよね。わかります。」

「上から見えていた目印があれじゃ。」

「えっ?上から見た目印の大木は緑でしたよ?」

「いや、あれで間違いない。見た目や色をあてにしてはならんぞ。わしたちの生きている生態系とは全く別だ。」

「深く感知したら、わかるよぉー。」

ピートがつぶやく。

「じゃあ、あそこから南西に向かえばいいですか?」

「そういうことだ。ここから先は君たち三人で旅することになるが、くれぐれも無理はせんようにな。わしはルーブちゃんを連れて帰ることにしよう。」

とうとうルーブさんは座り込んでしまったり熱っぽいのか頭から湯気が出てのぼっている。

「ソラくん、マーサちゃん、道中、気を遣ってくれてありがとう。」

トットさんの声に合わせて、ルーブさんもぎこちなく微笑んだ。

マーサの方をチラリと見ると。お気になさらず、と言わんばかりに照れている。

「いえ、うまくいってよかったです。」

「わしらだけでは、こんなところまで入ってこれんかったよ。貴重なサンプルを集めることができた。」

トットさんも手足に痺れがきているようだった。二人とも大丈夫かな。


「…見送らせておくれ。」

僕はひと時ためらったが、すぐにピートから強く肩を押された。

わかってるよ。わかってる。でも、そんなすぐには割り切れない。

ピートが耳元でささやく。

「他人の覚悟を無駄にしちゃいけないよぉ。」

…父さん。

僕はぎゅうっと拳を握りしめて、ふぅーっ、と一息、深呼吸をした。


二人に促されるまま、僕たちは歩みを前に進めた。ここからはゆるやかな下り坂になっており、時々振り返って手を振ったが、斜面が急になってきたこともあり、二人の姿はあっという間に見えなくなってしまった。

斜面を境に雨はグルグルと周り僕たちに強く吹き付けてくる。


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