第43話 ミライ丘
「街を出て、北西の丘からレイストを一望できるはずだから、くれぐれも確認してから進むように!」
「これ、貸してさしあげますわ。」
ルーブさんがカバンに、小さな青いリボンを巻いてくれた。
「これは…?」
「それがなかったら、この宿には帰ってこれなくてよ?はじめは、わたくしから見つけて差し上げましたけども。」
…どうりでなかなか見つからなかったわけだ。
「ありがとうございます。お借りします。」
「無事に帰ってきたら、その時は、あなたたちの分を用意して差し上げますわ。」
「さっきも言ったけど、くれぐれも洞穴のまわりで手を振っていたり、お辞儀をしたりしているホラアナグマとは関わるんじゃないよ。ボスグマ以外に知性はないからね。習性と欲で行動してるだけだからね!大変な目に遭うよ。」
◇ ◇ ◇
まだ陽も昇らないうちにクレイを出発した。街より北には炎の元素がほとんどないとのことだったので、護身用に種火の入ったカプセルを持たせてくれた。小さな試験管みたいだな。
カプセルには炎が消えないように、と装飾が施してある。僕たちは北の門から出ると、言われた通りに丘に向かった。
ミライ丘の後光を拝もうと、たくさんの人が同じ方向へと歩いていく。緩やかな道をしばらく進むと視界のひらけた小高い丘にでた。ちょうど正面にアク・ヴォ・モントが見える。
少し背高で、平たい円柱のような形をしている。風が吹くたびにプルプルと震えているのを見てると、なんだか和やかな気持ちになった。
「ここからだと、少し低いね。」
背の高い木々に阻まれて、遠くの方があまり見えなかった。
「ここの小道から上に行けるよぉ。」
ピートが目立たない獣道を見つけてくれた。舗装されていない山道は頂上へと向かって伸びているようだった。北を一望しようとすると、ここからさらに登る必要があるらしい。
15分ほど登っていくと、再び舗装された道が出てきた。
そこまで進んで行ったのは僕たちを含めて、四、五グループほどだった。どのパーティーもこれから戦にでも向かうのか、というような重装備だ。聞こえてくる会話から、いくつかのグループは西にある港から他の国へ、残りは同じくモレビ洞穴を目指しているようだった。
「着いたんじゃない?」
マーサのが心なしか早足になる。ピートはシューっと飛んでいってしまった。
「そうみたいだね。」
僕もマーサに合わせて、弾むような足取りになった。
丘の一番上まで行くと、確かにおばさんたちの言う通りに、東から西、北まで一望できた。
下から眺めていると気が付かなかったが、アク・ヴォ・モントは想像していたよりもずっと平べったい山だった。どう見ても巨大なゼリーにしか見えない。
外側の色はオーシャンブルーで、透明度が高く、吸い込まれるような美しさだった。真ん中に寄るほど、色が深くなっていく。ちょうど浅瀬から深海までのグラデーションに似ている。
東側には遠くの方に小さな船らしきものが見えた。北一面に緑が広がっており、向こうに進むにつれて、深緑から黄緑へと変わっている。その奥に、遺跡が海の方まで続いていた。
洞穴の近くに目印となる白い塔があると言っていたが、おそらくあれだろうか。
近くに目をやると、森の中にも濃淡があり、泉らしきものや洞窟のようなものが見えた。街はないものの、集落が点在しているようだ。
「マーサ。」
「なぁに?」
「道が見当たらないね。どうする?」
「うーん…。」
マーサが眉間に小じわを寄せる。
「何かを目標に進んでいく?それとも…。」
「…やっぱり、方角が一番いいかな?途中で間違えないかだけが心配だけど。」
「ある程度、目印をつけた上で、方角を見ながら向かおうか?」
「そうだね。そうしよう。で、えーっと…こっちはどっちなんだろ。」
「ピート、北どっち?」
ふわふわと宙を二、三周して辺りを見渡したあとに、 「こっちだよぉ。」と言って、ちょうど今、僕たちが見ている方へ水球を飛ばした。
「さすが、ピートちゃん、ありがとう!」
「ありがとな。」
よし、大体の方角のイメージはわいた。
とりあえず北北東に泉があって、東北東に洞窟がある。これを覚えながら進もう。
「暗くなる前に、休むところを作って、体力を温存しながら行こうか。」
「そうしましょう。それにしても、緑がたくさんあって、なんだか落ち着くわね。」
出発前に父さんの地図で、場所を確認した。
地図にはいくつかの☆と×が書いてあった。
ぼくらが目指す方向に×はなかったので、少し安心した。
森の名前も書いてある。東側をタノモーリ、西側をコウウリンと呼ぶようだ。コウウリンの方には×が多くあった。
気づけば、頂上にいるのは僕たちだけになっていた。
下の丘はまだまだ観光客でにぎわっている。そこから、さらに下り、広めの道に出た。
少し北に進むと分かれ道があり、矢印があった。看板からも東のルートはタノモーリ、西のルートはコウウリンに通じていることがわかった。
分かれ道のところは公園になっており、旅人らしき人たちが大勢いた。
ほとんどの人たちがコウウリンのほうに向かっていく。
少し旅の支度を整えた後、進もうとすると、ベンチに腰掛けているおじいさんに声をかけられた。




