第4話 四人
「あー、ひっさしぶりにこんなに、はしゃいだな。」
「笑い疲れて、お腹がピクピクなってるヨ。」
「ほんっと、こんなにみんなで笑ったのって、いつ振りかってくらいね。」
「…。二年四ヶ月と三日ぶりだ。」
「さっき聞いたヨ。」
「やっぱり、シャットダウンの刑に処すわ。」
「…今のは、冗談、ってやつだろう。それくらいはスキャンなしでもわかる。」
「いや、今のは多分、本気だ。」
とばっちりを食わないようにアームドを展開する。
「そうね、ソラが正解。」
ユンナの周りを魔法文字がぐるぐると回る。
「…防御レベル最大。撃退モード発動。」
どたばた加減も心地いい。なんだかじっとみんなの顔を見たくなった。わちゃわちゃしている三人をまじまじと見ていると、懐かしい景色が脳裏に浮かんできた。
4.5歳くらいの頃。
みんな泥だらけで川辺を走っている。
僕たちは身長ほどの草をかき分けて、音を便りに追っていく。
どこまで分け入っても、目の前には巨大な草壁。ジメジメとした空気。沼地特有の鼻に残る感じ。草木に隔てられて風ひとつ通ってこない。
と、突然視界が開けた。そこは少し眩しくて、風のにおいがとても心地よかった。向こうの方まで、ずっと平原が続いており、川幅はぐぐっと広がっている。透き通る川は、ほの白い陽光をきらめかせて、なんとも幻想的な雰囲気を作り上げていた。向こうの方では見たことのないほど捻じ曲がった樹が一本、僕たちにお辞儀をしている。
「ちょっと、どこ見てんのよ!そっちよ!早く!」
ユンナの声で現実に引き戻される。そうだ。まだ、狩りの途中だった。
「どこだヨ。見えないヨ。」
「右六十度。草むらの下、警戒!」
「よし、僕が行く!」
当てもなく一人で突っ込み、地面をアームドで突き刺しまくる。ガチィンという大きな金属音が響き渡る。あまりの硬さに手先から肩までびりっと固まった。そんなことはおかまいなしに、クイックラピッドは小さなクリスタルの体をさらに圧縮しながら、僕の股下を通り抜けていく。
「そっちいった。」
声を張り上げて、振り返ると、クイックラピッドには目もくれず僕の足元を眺めて、立ちすくんでいる三人と目が合った。
「ソラ!逃げて!」
ユンナの声が僕に届く頃には、立っていたはずの地面は泡が弾けるようになくなっていた。半円球のくぼみが僕を呼んでいる。
「捕まっテ!」頭上に現れた小さなキューブを掴む。
「カザブネウツボと遭遇。危険!危険!」
「走っテ!」ゲインが指をさすたびに、赤い火花が飛び散り、半透明のキューブの道が伸びていく。すたっと降りると僕はすぐに駆け出した。が、十歩も行かないうちに大きな影に包み込まれた。旺盛な食欲が背後から襲ってきたのを感じる。振り返る余裕はもちろんない。ユンナが放った魔法刃とすれ違う。やっとの思いでくぼみを抜けると、後ろの方で銀色の閃光が弾けて、怒気をはらんだ鳴き声がゆっくりと聞こえてきた。時緩めの刃か。今のうちに…。
「ソラ、そのまま急いで!」
ユンナは慌てふためいて魔法陣を地面に描いている。ゲインは力を使い果たしたのか、ユンナの隣で立っているのがやっとに見える。丸くなったレクサはゲインに抱えられていた。鳴き声にスピードが戻る。ユンナと手が触れた次の瞬間、目の前には空が広がっていた。淡い淡い灰色の雲が視界の全てを覆っている。風に揺られてキンモクセイの香りが漂ってくる。ぎゅっと固く握り合うのはユンナの手だ。
「助かった。ありがとう。」
「ソラ…。………。」
あれ、あの時、ユンナはなんて言ってたんだっけ。続きがうまく思い出せない。
「急にボーッとして、どうしたのよ。」
「ん?いやさ、こんな感じで、ずっと一緒にいれたらなって。」
不意に口をついた。自分の言葉なのに、胸がきゅるりと締め付けられた。
「…一緒に行ってあげよっか?」
ユンナが側に腰を下ろして、真顔でつぶやいた。
「それは無理だヨ。僕たちだって、行きたいけれド…。」
「検索結果2件。還らずの滝、常夜の園。成功確率不明。」
「やるじゃない、レクサ!もしかして、みんなで行ける方法見つかったの?」
「方法1」
「…人目を盗み、所定の位置で落ち合う。」
「…それは家出って言うんだヨ。」
「方法2」
「王国船でかくれんぼする。」
「…それは密航って言うんだヨ。」
「ありがと、レクサ。気持ちだけで十分だよ。どちらも成功確率はゼロだ。」
「そうよね…一筋縄でいくなら、今までもそうしてきてるわよね。」
「寂しくなるネ。次の船で出るんだよナ。」
「…そうだね。主も倒したことだし。これで前世の咎がきちんとした模様になるだろうから。」
「咎人ね…。まさか。ソラが咎人だったなんて、いまだに信じられないわ。」
一番信じられないのは僕だ。でも、その印は悪いことじゃない、って父さんは言ってたっけ。
「祝祭2時間前。帰宅予定時刻。」
「そうだね、戻ろうか。オババ様に診てもらったら、どんな模様か報告するよ。」
ギュッと草を掴む。手のひらからは懐かしい草土の匂いがした。