第39話 激闘
くそっ。やられた。
そっちか。
「マーサ!!!ピート!!!」
僕の声とほぼ同時に二十メートルほどの水の激流が空へ伸びていく。雲が集まり、空がかげっていく。アマヤドラに気づいたピートがマーサごと“トルナド・アクヴォ”(渦水)で守ってくれたのか。
が、アマヤドラは構うことなく一閃する。元素を溜め込んだ爪は、渦巻いた水の壁を容易くかき切った。
「キャアッ!!」
なんとかマーサを両手でキャッチする。ぬめっとした触感に怖気が走った。
ピートはすぐさま応戦し、互角以上に渡り合っている。
「マーサ…」
傷口を探す。脇腹の下。致命傷ではないだろうけど、かなりの深手だ。
「マーサ! マーサ!」
「ソラ…。ゥヴッ…。」
口元から血が垂れてくる。マーサの体内に変な元素が見える。
毒か。
…だめだ。時間はかけられない。でも、どうすれば…。
ピートは雨の力を存分に生かして、アマヤドラを追い詰めていく。ピートは微かに光をおびている。
……もしかして雷…?
高層にあった雷雲が引き寄せられてきてる…これなら…いける。
「マーサ、少し待ってて。終わらせてくる。」
リュックを枕に、そっと地面にマーサを寝かせる。
ピートの方に向かいながら、丹田に意識を集中する。雷と光を混ぜて体の外側にまとう。細胞のビクつく感じ。まとった雷は僕の体表でチリチリと弾けている。これなら十分だ。
ピートの背後から、アマヤドラに急接近し、脇腹に一撃を見舞う。
たまらず、アマヤドラが距離を取る。
ここだ。
「ピート…合わせて。」
軽く腰を落とす。両手合わせて、アマヤドラに指先を向ける。体の芯から手先へと流れるイメージ。
アマヤドラが大きく息を吸い込んだ。体が赤く発光していく。溜めが長い。向こうは向こうで、仕留めに来たな。
ひと足先に、上方からピートが霧の水針を一帯に突き刺した。アマヤドラは動こうとしたが、カクンッと膝から崩れ落ちた。よく見ると、足元が土と岩で固定されている。
今だ!
“デク・フルモラン”(雷光槍)
指先から光の速度で、稲妻を放つ。身動きの取れないアマヤドラを、雷光を帯びた十本の線光が貫く。砂煙が舞い上がり、辺りを覆う。
…足腰にうまく力が入らない。今、向かってこられたら…。
ぐわんぐわんと視界がゆがむ。足の痺れに、たまらず膝から崩れ落ちた。
でも、目だけは切っちゃだめだ。首だけ動かしてアマヤドラを見続ける。影はピクリとも動かない。
…ズザサァーン。
アマヤドラがスローモーションのように力なく、その場に倒れ込む。放たれた光の一筋が的確に心臓を捉えていたらしい。
横たわるアマヤドラの心臓あたりが白く輝きし、内側から放たれる強烈な光が全身を包んでいく。
よかった…。
徐々に手足の感覚が戻ってくる。
アマヤドラの還った後には、特徴的な爪や生えかけの翼、牙、尻尾、皮などが残っていた。
力を振り絞って、マーサの元に駆け寄る。
「マーサ!大丈夫?」
マーサはゆっくりと右手を少しだけ上げてくれた。息苦しそうにせきこんでいる。そんな状態でよく…。
「マーサのおかげだ。アマヤドラは還ったよ。」
あたりには血だまりができている。呼びかけてもうつろな返事が返ってくるばかりだ。荒い息。発汗と発熱がすごい。血の流しすぎか、いや、毒が回っているのか。
傷口に目をやると、血が止まっている箇所がいくつか目についた……さっき、僕が触れたところだ。とりあえず治さないと。
“メディカ・メント”(癒しの光)
母さんの仕草を思い出せ。同じようにするんだ。光の元素を空中からかき寄せては両手ですくう。
もっと光の元素を感じろ。より純度の高いものだけを残せ。急いで何度も繰り返す。なんとか手のひらいっぱいに、混じり気のない光を集めることができた。
そっと、光で傷口をふさぐ。白く柔らかな光に包まれる。マーサの傷がみるみるうちに治っていく。
光が消え終わる頃には傷口は閉じて、跡もなかった。
「マーサ!」
さきほどよりも意識がはっきりしている。でも、まだ、発熱と発汗はおさまらない。
上体を支える。少し楽な姿勢になったのか、息遣いはさっきより、ましだ。
「ありがとう、ソラ。あとは…毒…かな?ところどころで自然と減っていくんだけど、まだ身体中を気持ち悪い元素が流れてる…。」
そう言いながら、マーサは銀に輝く右手で心臓のあたりに触れている。マーサの手からウニョウニョとした黒みがかった元素が緑の光に包まれて、ふわりとこぼれては、消えていく。僕は引き続きマーサにメディカ・メントをかけ続けた。
数分の後には、すっかり元気になっていた。本当によかった。一時はどうなることかと思った。
何に気がついたのか、マーサが僕の額に左手をあてる。
「ソラは気分とか悪くない?大丈夫?」
ん?いたって元気だ。特に体の不調はない。
「なんで?元気だよ?」
「ソラにも、さっきの気持ち悪いのが流れてるから、気になって。」
「んー…多分、大丈夫だと思う。同じタイプの毒は二回と効かない体質なんだ。アマヤドラの爪には何度もかすっていたから、本当に毒が効くなら、もう倒れてるよ。」
自分の傷を治しながら、続ける。
「多分、海毒と同じタイプの毒なんじゃないかな。」
「そっか、なら、よかった。」
ホッとしたのか笑みがこぼれる。
「ピートちゃんも、本当にありがとね。かっこよかったよ!」
ピートとマーサと三人でハイタッチを交わす。
雷雲は去り、晴れ間が戻ってくる。また雨と土の匂いがかえってきた。
もうすぐお昼だ。
太陽の位置は一段と高い。