第32話 向日葵
カバンの中を片付けていると、ノートが淡い土色の光に包まれていることに気がついた。
「マーサ、見て。」
光をたどって、ページをめくる。
「ひまわり」と一言浮かびあがり、消えていった。
ひまわり…?どういうことだ。でも、ヒントだ。父さんからの挑戦状だ。
「マーサ、この国にもさ、ひまわりってある?」
「ひまわり?あるよ?さっきも地下道の入り口に咲いてたでしょ?」
「えっ、そうなの?」
どこにあったんだろう。
急いで、入口を見にいく。マーサが指さす方向をしばらく眺めて、ようやく気づいた。そこには高さ三、四メートルにもなろうかというひまわりが群生していた。光の国とは色もサイズも違ったから、ひまわりだと認識できていなかった。
この国のひまわりは、とても壮麗な花だった。茎は青で、葉っぱが茶色。真ん中の部分は光を溜め込み、発光している。光の国とは異なり、元素の輪郭がはっきりしていて、美しい。
長屋に戻って、話を続ける。
「地の国のひまわりって、みんなあんな感じなの?」
「んーと、そうだね、あそこにあったのは少し小さいかな。色も少し鮮やかめだし。砂漠の方に行けばもっと大きなひまわりがあるよ?」
ひまわりを見つけたはいいが。一体どうするんだろう。いや、父さんのことだし、元素だよな。
「ソラ、ひまわり、がヒントだったよね?」
「うん。ひまわり、だね。」
「元素を使って、再現したらいいんじゃないのかな?青と茶色なら、水と土でなんとかなるよ、きっと。ピートちゃんもいるし。」
マーサも同じことを思ったらしい。試す価値は十分だ。
改めて得意元素について話し合う。
意外だったのは、それぞれが扱いやすい元素がバラバラだったということ。でも、そのせいか、簡単に元素でひまわりを作れそうな気がした。
真ん中の光は僕が再現できる。早速、マーサとピートに協力してもらいながら、ひまわりを作ることにした。
特に細かい作業でもないので、どの部分も労せずに元素を集めて、ひまわりの形を作ることができた。形を維持することも、そこまで難しいことではなかった。
元素のひまわりをノートの表紙に重ねてみる。スゥーッと吸い込まれていく。先ほどのページまで、サァーッとひとりでに開いていく。線がだんだんとうきあがり、数秒の後には立派な地図になっていた。
そして、見たことのない文字が浮かんでくる。
…いや、待てよ。確か、土の国の地図ページを見た時と同じ文字だ。
ふと横を見ると、マーサの頭上に電球が光ってみえる。
「ふふふ。ソラ、これ古代文字だよね。」
「そうなの?…もしかして、読めるの?」
「もちろん。任せなさい!」
マーサの鼻が天まで伸びていきそうだ。
「じゃあさ、先にこのページから見てくれない?」
前に地図が浮かび上がってきたページを開く。
「えーっとね…国名は…土の国。昔の地の国の呼び方だよね。あとは、ドランドとレイスト、ホザートなんかもある。雨壁も書いてあるし。これ…昔の地図だよね。今の地図とほとんど同じじゃない?」
マーサは物珍しそうに地図を眺めた。
「洞窟や山もあるね。この地図によるとレイストには街一つしかないみたいだけど。マーサはレイストには行ったことなかったんだっけ?」
「ないよ。話に聞くくらい。」
地図の中でも一際目立つ山。マーサはじっとそれを見つめる。
「んー、洞窟はわからないけど、山は多分、アクヴォ・モントだと思う。街はいくつあるんだろ。ママからはママが住んでた街の話しか聞いたことないけど。」
「アクヴォ・モント?」
「うん。山の中にいろいろな水が溜まっていて、時々噴水するんだって。」
「水が山になってるの?」
「巨大な水滴だって、ママは言ってたけど。」
「すごいね、そういえば、この真ん中にある印は何なんだろう。」
「うーん…わかんないね。一体何なんだろう?」
地図は手を触れることで、拡大することも縮小することもできた。かなり細かい地図だ。
次にひまわりのページを広げる。
「これは?」
「旧地下道って書いてあるね。今から進むところの地図じゃない?」
それは、ありがたい。迷わず進めそうだ。
「じゃあ、そろそろ行こうか。」
立ち上がって、体を少しほぐす。
「ソラ、忘れ物ない?」
「ないよ。マーサは?」
「大丈夫!」
マーサとピートはハイキングにでも行くかのようにルンルンとしている。僕は少し手汗がにじんできているのを感じた。
長屋から出ると強烈な陽光に視界が白んだ。まぶたの上からでもわかるほどに、容赦ない日ざしがサクサクと差し込んでくる。高い高い空の下、辺りは陽気なひまわりの匂いに包まれている。
地下道に入る前、脇にある看板が目に入った。
「急げ!急げ!ロコ・メッゾまで突き進め!」
地図を眺めてみる。道は入り口と出口の近くを除いて、立体的に枝分かれしていた。よく見てみると、まだ続きのありそうな道がたくさんあった。
途中、一箇所に道が集まり、再び分かれている。この収束地がロコ・メッゾと呼ばれているところだろうか。
深呼吸をして、意を決す。緊張しているのは僕だけらしい。