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第30話 旅立ち

ロッツさんがが用事を済ませている間に、アンナさんとマーサに街を案内してもらった。色々な市場を見て回ったり、食べ歩きをしたり、僕たちは大いにはしゃいだ。

部屋に戻っても興奮冷めやらぬままだ。なのに、なぜだか父さんのノートが目についた。

ゆっくりと手に取ってみる。どこを開くでもない。指に引っかかったページを開いてみる。もちろん何も書き込まれていないし、書き込んでもいない。それでも、そこにあるページに吸い込まれそうになる。ピートが右目をちらと開けて、つぶやいた。


「ソラぁ。もう行くのぉ?」

「…そうだね。そろそろかな。」

「良い人たちだったねぇ。」

「…うん。」

勢いに任せないと、いつまでたっても踏み出せない。ちょうどよかった。


「じゃあ、行くか。ピート。」


僕たちは部屋を出て、三人の部屋に向かった。

ノックをする前に大きくふた呼吸、まぶたをピシッと閉じる。



「なぁに、ソラくん。改まって。」

アンナさんは相変わらず和やかな笑みを浮かべて、おっとりと話してくれる。マーサは手のひらを見つめたまま、じっとしていた。

何やら地図を懸命に読んでいたロッツさんは顔を上げると、僕の目を見て、微笑んだ。

「…もう、旅にでるのかい?」

ズバッと本題に切り込まれて、思わず僕の口角は引き締まる。

「…はい。実は明日、ホザートからレイストに向けて旅立とうと思います。見ず知らずの僕にとても親切にしてくださったこと、決して忘れません。本当にお世話になりました。」

僕は椅子から立ち上がり、深々と頭を下げた。

「そうかい。もう行くのかい。そりゃまぁ、事情も事情だし、ゆっくりもしてられねぇよな。」

「ソラくんにピートちゃん、二人がいなくなると寂しくなるわ。」

マーサも視線をそこら辺に泳がせたまま軽く頷いた。


「…それにマーサまで。」


アンナさんは、にこやかにマーサの方をじっと見つめる。

「えっ…?」

マーサの顔がひきつる。

「ふふふっ…マーサも一緒についていくつもりなんでしょう?」

「……なんで、わかったの…?」

目を点にして、アンナさんを見つめている。

「昨日のね、あなたの神妙な顔を見ていたら、自分のことを思い出しちゃって。とうとうこの日が来たんだな、ってパパとも話してたのよ。」

マーサの瞳は落ち着かない。拳をギュッと握りしめて、少し下を向いている。


「ソラくんはしらねぇかもしれねぇが、地の国には『旅立ちの儀』ってものがあってな。」

ロッツさんは地図を折りたたむと、再び顔を上げた。

「期間や場所とか、そういった細かい決まりあまりないんだけど…。マーサは今年がその年なの。」

アンナさんとロッツさんは互いに視線を交わしながら、寂しさの入り混じった安堵の表情を浮かべている。マーサはまだじっとうつむいて動かない。

ロッツさんは小さく鼻をすすった。

「……ソラくんを…ソラくんを楽しそうに案内するマーサを見てるどよぉ……ぞろぞろなのがもなっで…。」

声にならない声を絞りだすロッツさんの目はふにゃふにゃだ。

「やだ、ロッツ…昨日泣かないって決めたじゃない。」

アンナさんも目に涙を溜めている。

「へへへっ、やっぱりだめでぇ。泣けちまうよ。」

マーサがすっくと顔を上げる。涙は浮かんでいるが、口元はキッと引き締まっている。

「ママもパパも、ありがとう。わたし、決めた。すごく悩んでたけど、決めた。」

まっすぐにこちらを見て「一緒に旅しよう。」と返事をくれた。

今までで一番力強く、自信に満ちたマーサの言葉だった。互いに手を差し出し、固く握手する。


「良かったわね、マーサ…。」

「2人ども本当にありがどう…。マーザのごどをよろしく頼む。」

そう言うと、一呼吸おいて、ロッツさんは白半透明の手織りのスカーフを、アンナさんはカバンから白い手編みのミサンガを取り出した。

「マーサ、これを持っていきなさい。」

「…?これは?」

「一緒に旅に連れていってくれぃ。」

「ミサンガは雨の民が、スカーフは砂の民が、子どもの旅立ちに際して親から子へと渡すものなのよ。マーサ、少し立ってくれる。」

ロッツさんはスカーフを首に、アンナさんはミサンガを足首に結んだ。

そして、二人は声を揃えて、「森の民の加護がありますように。」とそれぞれに刻示の印をきった。

印はすぅーっと吸い込まれていく。フラッシュのような光があふれたかと思うと、ミサンガは透き通るような紺に、スカーフは薄く鮮やかな黄金色に変わっていた。

「…ありがとう。」

マーサは目を潤ませながら笑っている。僕から見ても、マーサの雰囲気が全くに変わったのがわかった。

「それと、もう一つ。マーサ、ブレスレットを貸してみて。」

言われるままに、マーサは白いブレスレットをアンナさんに手渡した。

そういえば、物心ついた頃から愛用してる大切なブレスレットだって言ってたっけ。マーサのブレスレットを一番下に置いて、アンナさんとロッツさんは自分のブレスレットを積んでいく。その上に、片手を順に重ねていった。

「マーサは緑の元素をこのブレスレットにこめてね。」

何をするつもりなんだろう。そして、アンナさんは僕にニコッと笑いかけて「ソラくんも自分の得意な元素で協力してくれない?三つを一つにするの。元素の操作は私がやるから、思い切り力を込めてくれると嬉しいわ。」と言った。

何が始まるんだ。よくわからないけれど、言われた通りに、とりあえず左手を出してみる。

「じゃあ、一.二の三.でいくぞ。さぁ、ソラくんも得意な元素をこのブレスレットに足してやってくれぃ。」

そういうことか。みんなの力を合わせて一つにするのか。アームドを展開して、ありったけの光の元素を集める。ピートも力を満開にしてスタンバイしている。

「一…二の……三!」

僕たちから溢れ出るエネルギーは渦を巻いてブレスレットに向かっていく。アンナさんがコントロールしているのか、少しのぶれもなく、集約される。

ブレスレットは白い光をまとい、一つに合わさっていく。目も眩むようなまばゆさのあとには、紫とピンクを足したような淡い色合いのブレスレットが目の前にあった。


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