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第25話 近遠の砂漠

朝早く、僕たちはシルクサで編まれた薄手のコートを羽織り、東へ向かう。

行けども行けども、目の前には砂。起伏こそあれど、それ以外、何も目に映らなかった。広大な砂漠が地平線の果てまで続いている。風が吹くたびに、砂は波うち、舞い上がった。

歩き始めると目を開けているのも、やっとなくらいだ。ちらと隣を見ると、マーサは涼しい顔をして歩いている。

…なんで?

「ま、マーザァ…どう…どうやるの…それ。」口がジャリジャリする。服の隙間から砂や小石がズムズムと入り込んでくる。

「ごめん!気づかなかった!」

僕はとりあえずコクコクとうなずいてみせる。砂が多くて、口をうまく開けれない。

「えっと、それはね、土の元素をコントロールして、自分の周りに壁を作るの。そうすると、砂が避けていってくれるよ。」

なるほど。土の元素を体に沿わせたバリアにすることで、吹き付ける砂を横に流していくのか。

とはいえ頭ではわかっていても、そう簡単にはできない。顔や体に浴びに浴びて、ようやく元素を上手にまとうことができた。

「今日はどこにいくの?」

「民の池よ。そこまで行く道のりが、すごく楽しいの!」

池…?見渡す限り砂漠だけど。一体どこにオアシスがあるのだろう。オアシスのオの字も見えない。

「ずーっと向こうまで砂漠しか見えないんだけど。」

「あっ、そっか。ここはね、近遠の砂漠っていって、見えてる距離と実際の距離が一致しないの。道さえ知っていれば迷うこともないし、見た目よりも、ずっと近いんだ。」

20分ほど歩いただろうか。ふと、視線を上げて、地平線を見渡すと、先ほどまで一面砂漠のはずだったところに、ぽつりと緑の点があった。

「見えた?」

マーサが遠くの緑を指さす。

「うん。さっきまで砂しかなかったのに。」

すごく不思議だ。どういうことだろう。

「ここから、もっと驚くよ。」

いたずらっぽい笑みを浮かべている。

そう言われてから百メートルも行かないうちに、不可思議なことに気がついた。歩く速度よりも明らかに速く景色が迫ってくる。周りの風景がさぁーっと流れていく。

さっきまで、あんなに遠くに見えた緑は、すぐそこにあった。

みるみる内に、緑の全景が迫ってくる。中心には大きく横に枝を広げた木。幹は赤褐色で葉は色々な緑が入り混じっている。枝の先端が下に向かってさらに伸びて地面を突き刺す。その外側の地面からは空に向かって枝が伸びている。

「木が地面をなみ縫いしてる…?」

「悟りの木ね。砂漠にも根付けるし、緑を広げてくれるのよ。」

大切な木なんだな。それにしても全く初めて見る。木の枝にはところどころフワフワとしたカラフルな植物がのっている。空気中の水分でも取り入れて生活しているのかな。

木の周りにはぽつぽつと小さな水場も見えた。

いざ木陰の中に入ると、ひんやりとした空気が流れており、涼をとるには最適だった。緑の澄んだ匂いがしており、心までほぐれるような気がした。マーサはいつものお腹ぺこぺこポーズをとり、「ここらへんで少し休憩をとりましょう。」と言った。

ゆっくりと両手を真上にあげ、指先を擦り合わせる。そして、体の横から下へ手をやりながら何かを唱えて、祈りはじめた。

いつもと少し動作が違う。サァーッと砂が集まり、形を成していく。集まってきた小さな落ち葉が合わさって大きな葉となり、重なっていく。僕たちは砂嵐の中心にいた。

「よしっ!こんな感じでどうかな?」

五分と経たないうちに、目の前には土の仕切りに、砂でできた小さな丸テーブル、葉っぱの座布団。いつもよりも広めに作られた居心地のいい匠空間ができていた。

「すごいね。どうやったの?」

何回見てもどうやってるのかわからなかったけど、特に今日のは元素の流れすらよくわからなかった。一番複雑で、一番立派な仕上がりだ。

「ん〜っと…何て言ったらいいんだろ?」

思案する顔がだんだんと右へ傾いていく。

「土の元素と水の元素にお願いしながら、そこに緑の元素を足す感じ、かな?」

元素にお願いする…?

ちょっと何言ってるか、わからないな。

けれど、なんでだろう。なんだか聞き覚えのある表現。すごくホッとする感じがする。


…母さんだ。そういえば母さんも口ぐせのように言っていたっけ。



「元素を扱えるってことは、常に元素と共にあるってことなのよ。」



当たり前だけど、当たり前すぎて、すっかり忘れてた。今ある当たり前に感謝する気持ち。今ある当たり前をおもしろがる気持ち。そう思うと、元素と生きているつもりで、生きれてなかったのかも。

「難しいね…。お願いするんだ。」

「うーん…何て言うんだろ。はじめは土と水を見ながら、ぐるぐると一つになるように動かして…そのあと、遠くの緑を近くに持ってくるような感じで、最後にはみんな一つにするの。」

説明するの苦手なのかな。感覚的すぎて全くわからない。

「刻示があると、みんなそんなことができるの?」

「ううん。ママとパパはできないと思う。パパは砂と仲良しで、ママは雨と仲良しだから。」

「なんでマーサは両方できるの?」

「えっ?」

はじめて考えたのか、顔が真ん中に寄ってきている。

「んー…そう言われてみれば…。そういえば、パパが砂の民で、ママは雨の民だって言ってたっけ…。あっ!だからか!だから、両方の元素と仲良しなのかな?」

「砂の民と雨の民?」

「うん。昔から砂漠に住んでたのが砂の民で、雨林に住んでたのが雨の民。」

「緑の元素はマーサだけが使えるの?」

「パパとママは使えないみたい。」

そう言えば、父さんと兄さんの扱う元素もバラバラだったな。

「元素って難しいね。」

「ほんとそれだよ。なんだか元素のことって、ちゃんと考えたことなかったから、頭がこんがらがっちゃう。」

すごく楽しそうに話してくれるマーサに思わず見とれてしまう。

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