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第23話 血禊

「ソラ。何か感じる?」

「誰かの気配は感じるけど…赤い屋根の中に一人。そこのちょうど真下にたくさん。あとはわからない。」

他の痕跡は全くなかった。見つからないのか、見つけられないのか。とりあえず早くこの場を去らないといけない気がする。

「ソラァ。ちょっとぉ、急ごうかぁ。」

「やっぱり?」

「その方がいいと思うよぉ。なんとなくだけどねぇ。」


赤い屋根の家。いわゆる洋風の家だ。ドアは真ん中で分かれている。つかつかつか、とマーサが歩いていき、ドアに手をかける。

「マーサ!どうしたの?」

マーサはきょとんとして答える。

「だって、鍵もかかってないし、近くに人もいないでしょ?」


ガチャリ。キキィーッ。



小さくドアの開く音が響く。

「なんでわかったの?」

「なんでだろ。なんとなくかな。」

「なんとなく?」

「うん。なんだか、周りの気配がすごくはっきりしていて、色んなことを感じるの。」

「人の気配だけじゃなくて?」

「そう。こんなのはじめて。目には見えてないことが手に取るようにわかるの…これが感知ってこと?」

多分そうだ。僕の感じ方とは違うけれど、周りを把握するという意味ではれっきとした感知に違いない。

「そうだと思う。」

その感覚を忘れないように繰り返すんだ、って父さんによく言われたな。

それにしても広い屋敷だ。入り口の広間からは両側に螺旋階段があり、正面には少なくとも三つの扉が見える。位置的には正面に誰かいるはずだけど、どの扉なんだろう。

「ソラ、正面で合ってるよね?」

「合ってると思うよ。どの扉かはわからないけど。」

マーサはつかつかと右手の扉に向かって歩きはじめる。

「こっち。この向こう。」

扉の向こうも荒らされた形跡は見当たらなかった。ちょうど部屋の真ん中、きらびやかな家具たちに囲まれて、肩を落とす水玉模様のか細い腕が見えた。


「…マートル…。」

僕たちはそっと彼女に近づいた。振り向いたマートルは顔中くしゃくしゃだった。泣きじゃくった跡がまだ乾いていない。

「マーサァ…。」

また涙があふれてきている。

「何があったの。」

「みんな連れていかれた。あっという間だった。」

「誰に?」

「わかんない。動物の仮面をつけた二人組。」

「どんなやつ?」

「背が高くて細長いのと、背が低くてずんぐりむっくりなのと。」

「ドアから?」

「ううん。急に目の前に現れたの。」

「えっ?でも、あなたのお父さんって…。」

「そ、そうなんだけど…でも、気づく間もなかったと思う。」

「マートルは襲われなかったの?」

マートルは首をゆっくりと縦に振る。

「思い出したくもない。ほんっと、ゾッとするほど冷たい声で話してた。」




 「コイツハドウスルンダ?」

 「いらないっしょ。チミッてないし。」

 「タベテイイ?」

 「ほっとけっしょ。」



…血禊。契約と代償か。

「あなただけでも生き残れてよかったじゃない。」

「……また独りになっちゃった。」

うなだれるマートルの肩にマーサはポンポンと手を置いた。

「あなた、地下室知らない?」

「…?うちにそんなのないわよ。」

「ありがと。」

そう言って、立ち上がると僕の方を向いた。僕はもう一つ奥のドアを指さした。マーサはこくりとうなずくと歩きはじめた。

「おい!」とティバールがブチに一声かけると、ブチは「へいっ」と言って、マートルのそばに残った。

次の部屋も先ほどと同じような間取りだった。まっさきに目についたのは鍵付きの小さなタンス。明らかに異質な濃紫の錠が目についた。アームドを展開する。

「二人はここでちょっと待ってて。」

「ソラは?」

「ピートと開けに行くよ。」

「わたしも行くよ。」

「得体の知れない鍵だから。二陣に分けよう。僕たちに何かあったら、次は二人ね。」

少し不服そうなマーサをなだめて、なんとかドアのところで待機してもらった。

「ピート、どう思う?出てくるかな?」

手がじんわりと汗ばんでくる。歩きながら、自分の脈がはっきりと聞こえてきた。

「んー、大丈夫だと思うよぉ。」

いつもの調子でピートが話す。

「なんで?」

「だってぇ…鍵の主、もういないでしょお。いても、直に、だよぉ。」

ピートがそう言い終わらないうちに自然と鍵が外れて、床に落ちた。青っぽい煙が昇り、赤い錠だけが残った。

契約の破棄…か。僕とピートは無言のまま、互いにこくりとうなずいた。振り返って、マーサとティバールに手招きをする。


「多分、この中だよ。」


僕の言葉を聞いたティバールが血相を変えてタンスを開ける。

すぐにでも飛び込もうとするティバールを引き止めて、僕はタンスの中にゆっくりと手をのばしてみた。数センチ進んだところで分厚い壁にぶつかり、びくともしない。覗きこむと奥底まで続いていそうな階段が見えた。



「気持ちはわかるけど進めないよ。」

僕は首を横に振りながらティバールに言った。行き場のない感情をつぶらな瞳に秘めて、がくりと肩を落とした。

「どうして?」

ティバールの背中をなでながらマーサが言った。

「簡単に言うと…そういう約束だから、だよぉ」

「どういうこと?」

「通行に制限がかけられてるんだぁ。」

「じゃあ、あっち側から上がってくるとかは?」

「無理だよぉ。登らずの階段だからぁ。」

「何なの、その変な階段。」

「ピートの言うように階段の存在にも気がつけないと思う。」

「じゃあ、どうすればいいの?」

「うーん…この鍵の成り立ちは血禊っていって、代価を払う代わりに契約できるものなんだよ。」

うん。そうだ。確か、そういうものを使ってくる相手もいるって父さんが言ってた気がする。

「誰と?なんで?」

「それは本人たちにしかわからない。ただ、契約者が還ったのなら、このあと何が起こるかわからないから、ティバールもタンスから少し離れておいて。」


僕たちは、はやるティバールを制しながら、入り口付近に移動した。と、急にピートの雰囲気が張り詰める。

「…あっ、みんな動かないでぇ。音立てないでぇ。」

…いやいや、君の威圧感で動きたくても動けないよ。僕たちはピクリとも動かず、時間だけ過ぎていった。


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