第22話 紅い家
「…そういうことだったのか。」
僕は沸々と湧いてくる感情を抑えられずにいた。
「…許せない。地下で労働させるだなんて。」
マーサもこんな顔するんだ。体中からプレッシャーがにじみ出ている。
「同胞さえ救えれば、あとはそれなりにやっていけるのですが…。兄貴たち、ご助力願えませんか?」
弱々しくティバールが申し出た。
「助けに行こうよぉ。」
ティバールにかぶせるくらいのタイミングでピートが言った。
「おっ、珍しく、まともにやる気じゃないか。」
「ソラだって、同じでしょお。」
「ティバールさん、場所教えてくれない?地図とかないの?」
マーサはすぐにでも行かんとしている。
「では、こちらへ。」
そう言って、家の外へ出た。そり立つ壁の反対側へいくと、反対側の町が一望できた。こちら側よりも住宅地が多く、にぎわっているようだった。ティバールはゆっくりと遠くの方を指さした。
「あの大きくて赤い屋根。あそこらへんです。」
「えっ、あれって……マートルの家じゃない。」
ティバールたちの視線がマーサに集まる。
「崖の階段であった蛇の女の子?」
マーサはじっと屋根を見据えながら、うなずいた。唇は真一文字に固く結ばれている。
太陽は傾き、海に沈まんとしている。僕たちの影もだんだん伸びてきた。生暖かい海風が僕たちにまとわりついてくる。いやにべたべたした。本当なら今すぐにでも向かいたいが、もうすぐ日が暮れる。僕とピート以外はどうやら夜動くのに慣れていないらしい。相手が蛇の一族ならなおさら控えたほうがいい。。今夜はお言葉に甘えて泊まらせてもらうことにした。
翌朝、太陽が昇る直前に僕たちは高台を離れた。僕たち三人とティバール含む兎卯族の精鋭五人。ある程度目立つように赤屋根まで進んでいく。向こうからの接触から手がかりを増やそう、という作戦だった。
「…おかしい。いつもなら見張りの者がうようよといるはずなのに…。」
怪訝そうにティバールが言った。他の兎卯族も同じく違和感を覚えたらしい。
「頭、用心深いあいつらが全くいないとは気味が悪いですね。」
「おぉ、そうだな。罠か…それとも、何かあったか…。」
人がいないわけではない。人はある程度たくさんすれ違う。確かに赤い屋根に向かうにつれて、人は減ってきているけれど。
「マーサは感知できる?」
「感知?あまりしたことないからわかんないけど。上手にはできないと思う。でも、目は良い方だよ!」
「じゃあ、マーサは目視でいいから前の方お願いね。僕は横と後ろを警戒するよ。」
二十メートルほどまで拡げてみる。しかし、敵意もなければ、悪意や疑念の痕跡もなかった。これだと僕たちは本当に素通りしているだけの存在になってしまう。でも、そんなことはありえない。集団で動けば何かしら人の注意は引いているものなのに。やっぱりおかしい。ティバールの言うように、何かあったのかもしれない。
赤い屋根はどんどんと近くなってくる。あたりにはほとんど誰もいなくなっていた。
「あっ!あれ!誰か倒れてる。」
全く見えない。どこだ。
「あそこ!壁のまえ!」
二百メートルほど向こうに壁がずらーっと建っている。それは僕にも見える。多分二メートルくらいの石壁だ。でも、人影までは見えない。
慌てて駆け寄ると、何人もの見張りが倒れていた。
「おい、負傷者を病院まで運べ!」
ティバールのかけ声で、何人かの若兎がさっと散っていった。
「けが人は若ぇのに任せて、このまま進みましょう。入り口はあちらです。」
曲がろうとするティバールをマーサが制した。
「このまま真っ直ぐでいい。」
少し怒気をはらんだ言い方に僕たちはみんな固まった。
「いや、でもこの壁には」
ティバールが言い終わらないうちに、マーサは壁に手を触れた。手から5メートル四方の石はさらさらと崩れ落ちて、砂になった。
「さぁ、進もう。」
理屈はわかるけど、いとも容易く。
「…もしや、マーサさん、御使様でしたか。畏れ多くも今までの非礼をお許しください。」
ティバールたちは片膝をついて、頭を下げた。
「やめてよ。…ティバールさん。」
「いえ、そういうわけには…。今後、姉御と呼ばせてもらっても。」
「…それは嫌。もう友達なんだから、かしこまらないで。」
五人はそのまま居直って僕の方にも視線を向ける。
「兄貴は?」
「ソラでいいよ。御使様が何かは知らないけど、もう友達なんだから、素のままで仲良くしよう。」
ティバールは照れくさそうにはにかむと、僕たちに小さく頭を下げて、立ち上がった。
「はやく救いにいこう。きっと待ちわびてるよ。ティバールさんたちの到着を。」
そう言ってマーサは壁の中に入っていく。僕たちもあとに続いた。
壁の中の景色を見て、僕たちは言葉を失った。数えきれないほどの還痕跡、多数いる負傷者。目の前に起き上がってる者は一人もいなかった。
「壁の外からだとわからなかったけど…さすがにこれは…。」
「だよねぇ。死にすぎだよねぇ。」
そこは還ったことにしとこうよ、ピート。それにしても、とんでもないところに足を踏み入れてしまった。危険な匂いしかしない。
「マートルの家以外、柱しか残ってないね。何があったんだろ。」
そう言うとマーサはしゃがみこみ、地面に手をついて目を閉じ始めた。
「おい、オト!ナビ!自警団に連絡してこい!」
「ヘイッ!」
2人はサッと現れて、シュッと壁外へと向かっていった。