第19話 文字結界
「ねぇ、ゲイン。これって結界?」
「…だネ。相当古いものだヨ。」
「僕たちで破れたりしないかな?」
「どうかナ。」
円い形をした石っぽいものがいくつも宙に浮かんでいる。ゲインはそれぞれを凝視しながら頭をひねっている。
「たたいたら、壊せるかな?」
「壊せたら、結界の意味ないよネ。それにこれ、文字結界だヨ。」
「文字結界?」
「簡単に言えば、なぞなぞみたいなものだヨ。」
「なぞなぞ?」
ゲインはうなずきながら、石に刻まれた模様を指さした。
「結界を張るときに、解くためのヒントを外から見える形で残すんだヨ。」
「わざわざ?」
「外から破れる状態にする方が、かえって破りにくくなるんだってサ。」
「解けたら破れる?」
「解くだけだと難しいかナ。条件は一つとは限らないしネ。」
「結界っていっても、色々あるんだな。」
「そうだネ。でも、『結界の彩りは本質。想いに応えよ。』って、じいちゃんもよく言ってたシ。解けないものでもないんだヨ。」
「じゃあ、解けるまでやれば、解けるな。」
「とはいえ、むやみに触れたらだめだ、とも言ってたヨ。結界の周りには絶対に守護者を配置するってサ。」
ゲインの警告はそうそう外れない。
「とりあえず今日は引き返そう。」
「せっかくここまできたのに?」
「何の準備もしてないし。結界内にむやみに進んでも良いことないからさ。それに、何より…。」
「そろそろだよぉー。帰った方がいいかもねぇ。」
そそくさとピートは後退りをはじめる。
「えっ!何?何?草木が勝手に動いてる?」
「やっぱり、守護者だ。早く戻ろう!」
僕たち3人は慌ててきた道を引き返す。でも、不思議と怖くなかった。僕たちはケラケラと笑いながら崖の階段まで、一息に駆け抜けて行った。
階段を登り終えたところで三人組の女の子に声をかけられた。マーサのほおがひきつる。むくれたピートと目が合った。さっきから感じていた悪意はこいつらだったんだな。
「あら、これはこれは。神様からの使い様じゃない。」
「……。」
「本当、マートルの言う通り。相変わらずのご尊顔だこと。」
マーサの目が小さく震えている。
「あんまり関わっちゃだめだよ。神様なんだから。あたしたち下々の民には畏れ多いんだから。」
チロチロと先又の舌を出しては、クスクスと笑い合っている。ぎょろっとした目が僕たちを捉えて離さない。マーサはぎゅっと拳を固めて、唇を少し噛んでいる。
「あなた、だぁれ?マーサ様と行動するなんて。」
「ほら、こっちに来なさいよ。うつるわよ。神様の空気が。」
真ん中に立つ水玉模様の蛇女が吐き捨てるように言った。毒々しい柄だな。隣の二人も手招きしながら、目をギョロギョロとさせている。
「きゃぁー、かわいい、あの龍。」
「ほんとね!あなたたち早くこっちに来なさいよ。」
「私たちが案内してあげる、わっ!」
ヒュッと風を切って小石がいくつか飛んできた。明らかにマーサめがけて弾き飛ばしている。尻尾癖の悪いやつらだ。何だ、こいつら。マーサが顔をかばう。僕もとっさに光の元素で壁を作った。
と、マーサに向かってきていた小石が全て空中で消えてしまった。
「えっ、何?」
「消えたわよ。」
などとひそひそと話している。
「また、昔みたいに遊びましょうよ。」
挑発的な笑顔でこちらを見つめてくる。初対面だけど、もうすでに嫌いだ。ピートが耳元でささやく。
「やっちゃっていい?」
僕はコクリとうなずいて、「ほどほどにね。」と伝えた。
よほどカチンと来たのか、ピートがニコッと笑って、さらに耳打ちしてくる。
「ほどほどじゃなくて、あいつら、還してもいぃ?」
「だめだよ。絶対だめ。マーサの知り合いなんだから。」
マーサの世界。僕たちがしゃしゃりでるわけには、まだいかない。マーサはじっと固まっている。こんな顔ははじめて見た。なんだか無性に腹が立ってきた。
「マーサ…。」
僕はマーサの手を取り、歩き始めた。だめだ、やっぱり待てないや。
「あんたたち、なに無視してんのよ。」
「何とか言いなさいよ!」
横の二人が大きめの石を弾き飛ばそうとする。それを見るなり、ピートは霧状になり僕たちをくるんでくれた。
“トラヴィディブラ”(透過壁)
それと同時に僕は雷の元素を脚に取り込み、強く地面を蹴った。一足で三人を置き去りにし、崖から遠ざかった。後ろの方で怒号と悲鳴が飛び交っている。
「今の何?体が嘘みたいに軽くて、びっくりするくらい早く動いちゃった!」
「雷の力を借りたんだ。僕の手を通じて、マーサにも帯電された。身体機能を上げるバフみたいなもんかな。」
っても、こんなに速く動けたっけ…?
「ピートちゃんは?」
「僕たちを隠してくれてるよ。」
「どういうこと?」
「僕たち今、透明だから周りから見えてないんだ。元素感知されたら、もちろん見つかっちゃうけど。」
「元素感知…?」
「後で教えるよ!ピート、ありがとう。もう大丈夫だよ。」
「おっけぇー。」
ピートがもとの姿に戻り、ふわふわと飛びはじめた。視線が合わない…やってんなぁ。
「ピート…。」
「な、なにも、して、してないよぉー。」
「嘘つくの下手すぎだろ。」
「ちょーっとだけ、女蛇族の子たちの水分を奪っただけだよぉ。」
絶対ちょっとじゃないな。思いっきりいってるはず。変温する種族っぽかったから、結構なダメージだとは思うけど、まぁ、あいつらが悪いから、いっか。
「んー、でも、還さなかったんだし。ピートにしては耐えたかな。えらい、えらい。」
「でしょぉ。」
ピートはニコニコしながら、マーサの腕にまとわりついた。
「ピートちゃんも、ソラもありがとう。」
ピートはマーサになでられて、目を細めている。マーサは先ほどまでの緊張が解けたかのように息をふぅーっと吐いた。何かあったんだろうな。