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第16話 影の奥

どれくらい気を失っていたのだろう。まだ体全体がものすごく重い。鎖にぐるぐる巻きにされているようだ。

「大丈夫か。すまない。」

申し訳なさそうにエイセンは僕の背中をなでる。

「ソラ。大丈夫?」

マーサもものすごく心配そうだ。

「うん。何とか。」

「影が返ってきたら、元に戻る?」

僕がそう聞くとエイセンはガッツポーズを決めた。

「ソラがしていることは影トレと同じだ。むしろ動きは早くなる。当たり前にある影だからこそ、余計に負荷がかかってしまったのだ。」

何やらよくわからないが、元に戻るならいっか。

「花はこっちだ。ついてきてくれ。」

先ほどまでの動きが嘘のようにエイセンは軽快に進んでいく。僕は鉛になった体を無理やりに動かして、かろうじてついていくことができた。しばらく海岸沿いを南に進んでいくと、だんだんポップルツリーが低くなってきていることに気がついた。その辺りでエイセンは少し息を切らしはじめた。心なしか動きが緩慢になってきている。さらに進むと、じくざくに生えていたポップルツリーが二列に並ぶようになった。

「あの辺りだ。実の色が変わっているのが見えるか?」

言われてみても、エイセンの言っている木がどれだかよくわからなかった。ただ、確かに赤紫色だった実は、いつからか青紫になっていた。明らかに動きが鈍いエイセンだったが、なんとか目標の木にたどり着くことができた。

「ここだ。向こうの崖にその花があるらしい。」

「海岸は元素の流れが激しすぎて通れないんじゃない?」とマーサが海の方を見ながら言った。

「ふむ…。わしは平気だが…。」

エイセンはちらりと僕たちに目をやると、自身の影をじっと見つめた。しばし沈黙が続く。と突然、見開いた目で僕の方を見ると、

「ソラは光の元素が見えとるな?」と切り出した。

「うん。見えるよ。」

「マーサはどうだ?」

「だめ。見えない元素の方が多いの。感じることは感じるけれど。」

そこまで聞くとエイセンは僕の影に再び触れた。

「…ソラよ。何とかして海毒の元素を体に取り込むことはできんか?海岸を抜けずに行けるかもしれん。」

毒を自分の体に取り込む…。多分、大丈夫だろう。大丈夫だろうけど、いけるかな。毒の純度が高すぎて、2人に迷惑をかける気もするなぁ。

と僕が返事に困っていると、「無理言ってすまんかった。別の方法を考える。」と言って、エイセンは頭を下げた。

…海毒を取り入れる、か。気は進まないけど、解決への糸口になるのなら、何とかしたい。


……あっ、もしかして。


「いけるかもしれない!」

「誠か!?」

エイセンは目を見開いて声を上げた。

「無理しないでよ。」とマーサに軽く釘をさされる。

「純度が高くなければ、絶対に大丈夫!」

僕は早速ポップルツリーに近づいて、手を埋めてみた。

この木もご神木と同じで、海岸から飛散する海毒を吸収し、中和している。海毒の元素を全部消しているわけじゃなくて、海毒を木や森の元素で混ぜ合わせてる感じ。


薄められた毒なら…いける。

きっと、できるはず。


試しにひとつ、包まれた元素を丸ごと自分の体に取り込んでみた。胸がムカっとした気もしたが、ほんの一瞬のことだった。

「エイセン。いけそうだよ。どれくらい取り込めばいい?」

「まだまだだが。くれぐれも無理はせんでくれ。」と地面にしゃがんで、影に触れながら言った。

その後も手のひらで元素を吸い上げるように、いくつも体に取り込んでいった。取り込むたびに胸はギスギスし、紙くずを丸めたようにむしゃくしゃしてくる。でも、耐えられる。元素を取り込んでも、元素に取り込まれるなんてのはごめんだ。

「大丈夫か?顔色が悪いようだが。」

「…ソラの影が、真っ黒になっちゃった。」

マーサが心配そうにつぶやいた。

「大丈夫。少し頭がフラフラするくらい。」

心は穏やかになってきたが、体はなかなか言うことを聞いてくれない。そろそろ限界かな、と思った頃、エイセンがようやく終わりの合図をくれた。


「よし、十分だ。ありがとよ。もう少しの辛抱だ。」と、エイセンが何かを唱えはじめた。

エイセンの体から黒灰色の蒸気が立ち昇ってきて、右手から右腕にかけて、煙はとぐろを巻いていく。

エイセンは目を閉じて僕の影に触れた。黒すぎるほどに真っ黒だった影は元の色合いに戻っていく。エイセンの髪の毛は逆立ち、立ち昇る煙は黒ずんでいく。


「完了だ。ありがとう、ソラ。」

エイセンが影から手を離すと、途端に頭がすっきりとしてきた。さっきまでの不快感はどこかへ飛び去り、すっきりと穏やかな状態に戻ることができた。

「あっ!!」

マーサが声を上げる。

「ソラ!エイセンの影が……。」

信じられないといった表情でエイセンの顔をまじまじと眺めていた。足元に目をやると、確かにエイセンの影がはっきりと見えた。

「エイセン、それ…。」

「おかげさまでな。よし、手を握れ。ソラはわしを。マーサはソラを。」

僕たちは手をつなぎ、一列になった。エイセンがエイセンの影に触れる。

「決して手を離すでないぞ。」

影はみるみるうちに拡がっていき、あっという間に僕たち三人を飲み込むほどの大きさになった。


エイセンはニヤリと笑うと、ヌムッ、ヌムッと影に沈んでいく。僕の足元も粘り気を増してきた。底なし沼のそれと変わらない。

ゆっくりとゆっくりと、つま先から膝へ、膝から腰へと影に浸かっていく。冷たくも暖かくもない、ただ何かに入っていく感触だけが体を通り抜けていく。

目を開けると真っ暗な空間にいた。かろうじて前と後ろが見える程度。エイセンとマーサの輪郭だけが頼りだ。

「よし、二人とも無事だったな。手を離すでないぞ。」

僕とマーサはぎゅっと手をつないだ。しばらく進むと、だんだん目が慣れてきた。どうやら四角い空間を歩いているらしい。心なしか向こうの方は明るいようだった。



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