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第15話 エイセン

木の中の元素を感じ続けていると、外側の幹から元素を出して周りの海毒を中和しているのだとわかってきた。

「…もしかしてなんだけど、マーサって元素、見えてるよね?」

僕はそう言いながら、今度は両手を広げて、木に抱きついた。幹は脈打ち、鼓動がほおを伝ってくる。やっぱり幹肌からも森の元素が漏れ出ていた。

「見えてるよ。ソラも?」

「うん、見えてる。」

「かな、と思った。」

「どうして?」

「だって、毒風がはっきり見えてるんだもん。実はね、私もパパやママと同じで刻示を受けてるの。」

右腕の袖をまくると、二の腕あたりにある刻示を見せてくれた。

「僕もあるんだ。背中の左側に。」

「そうなんだ。世界って広いね。」

縦雲を眺めるマーサの目が遠くなる。


「そういえばさ、マーサはここら辺の毒は平気なの?」

「平気だよ。慣れてるから。」

「じゃあさ、木の中に手を入れてみてよ。」

「こう?」

マーサの両手が僕と同じように木の幹に吸い込まれていく。

「…あっ!これって…もしかして。」

怪訝そうな表情はやがて驚嘆の色を帯びていく。

「わかる?」

「これって、元素で毒を消してくれてるよね?てっきり木が毒を吸収してるんだと思ってた。」

「木の元素が毒元素を中和してるみたいだね。」

「ママに教えてあげなくちゃ。ここにはよく来てたんだけど、意外と気が付かないものだね。」


その後もしばらく元素の話で盛り上がった。昼間はポップルバットもいないらしく、僕たちの話し声以外は木々の擦れる音だけが響いている。昨日よりも鮮明に甘いりんごの香りが鼻に残っていた。



 ◇ ◇ ◇




「そういえばピートちゃんは?」

「何か、朝早くから散歩してくる、とかいって窓からふらふら出てったよ。」

「大丈夫なの?」

「多分ね。ありがとう。」

ポップルツリーの林から時々見える海を右手に眺めながら、南西に向いてゆっくりと歩いていく。雲ひとつない青空。太陽はちょうど真上で照り輝いている。どの木もどの木も仲良さげに肩を組んでいる。

「マーサ。ちょうど木陰だし、そろそろ休憩しよっか?」

朝から歩き通しで、さすがに疲れてきた。

「だよね!もうお腹ぺこぺこ。お昼にしよう!」

「あそこにちょうどよさそうな幹が落ちてるから、あそこに座る?」

マーサは周りの様子を確認すると、

「ここにしよう。」と言った。

「ここ?」

「うん、ここにしよう!ちょっと待っててね。」

そう言うとマーサは上半身を軽く脱力して、目を閉じた。そして、手のひらを上にしてスゥーッと両手をあげていく。その手に合わせるように、そこらここらから砂が渦巻いて集まってきた。だんだんと形を成していく。ほどなくして、砂でできたテーブルとベンチが目の前にできあがっていた。

「よしっ、祈りをささげるよ。手を組んで。」

「すごい!今、何したの?」

「今?テーブルとベンチを作ったんだけど…。」

「どうやっ…」

僕の声と被さるように、どこからともなく声らしきものが聞こえてきた、


「た…けて…れー!」


同じ方向を向いた後、マーサと目が合った。

「ねぇ、ソラ。」

「マーサも?」

マーサは静かにうなずく。

「今さ、声、聞こえたよね?」

「聞こえた気がした。どこからだろう?」

二人して辺りを見渡すが、誰もいない。僕は光元素の波紋を広げていく。


「んー、声がしたと思ったんだけど。」

少し離れた森の中で、何かの気配を捕まえた。

「マーサ、あっちだ!」

僕たちは駆け足で向かっていった。


「たすけて…れー!たすけてくれー!」

しゃがれ声はだんだん大きくなってくる。


「あそこ!ソラ、あそこだよ!」

誰かが道の真ん中で伏している。僕たちは急いで駆け寄っていく。

「大丈夫ですか?」と声をかけると、鳥人族の少年はものすごくゆっくりと体を起こしながら答えた。

「助かった。危うく夜まで倒れたままだった。」

動きは老人そのものだった。清らかな少年の見た目とは全く似つかわしくない。起き上がるだけなのに何度もよろめいている。僕が手を貸して、ようやく座ることができた。


「大変!ちょっと待っててね!」

そう言うとマーサは拳を握り、手首を軽くひねった。すると、すぐに砂が集まってくる。あっという間に砂の座椅子ができあがっていた。

鳥の頭にヒトの体。背中からは白に茶色混じりの翼が生えている。鳥人族。はじめて見た。

「わしの名はエイセン。ぶしつけですまんが…。」

そういって僕たちを交互に、まじまじと眺めている。

「兄さんや、影を貸してくれんか?」

「えっ?」

何を言っているのか全くわからない。それでもエイセンはたたみかけるように話を続けた。

「大丈夫。何も影をくれ、と言うとるわけではない。少し力を貸してくれればええ。」

マーサの手が小刻みに震えながら、地面を指さした。

「ソラ…。その人…影が…。」

「影?」

そう言って地面に目をやると、あるべきはずの影が二つしかなかった。うろたえる僕たちを慈しむような目で見て、エイセンは微笑んでいた。

「影のない者に会うのは、はじめてか?」

僕たちは黙ってうなずいた。

「あのっ…どうして僕の影を?」

「…花を…摘みたいのだ。」

「花?」

「太陽の雫と呼ばれとる。昼間にのみ開く花だ。我々ではひどく手に入れ難い。ただ、何としてでも必要なのだ。ソラとやら、後生の頼みだ。」

「…手伝おうよ。ソラ。」

マーサがそっと口を開く。


「…そうだね。影、使ってください。」

「恩にきる。」

そう言って頭を下げると、エイセンは僕の影に右手でそっと触れた。途端に重力場が歪んだかと思うほど、体全体が地面に引っ張られる。思わず倒れ込んでしまった。



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