第13話 刻示
ドアを開けて外に出る。思わず目元を手で覆う。目を閉じても、ほの赤さがまぶたの裏に残っている。でも、このまぶしさが気持ちいい。遅れて木の香りが漂ってきた。何の木だろう。はじめてのにおい。
「おっ、もう体はいいのかい?」
ロッツさんが少し目を丸くしている。
「おかげさまで。もうすっかり治りました。」
「ほぉー。毒に強い一族ってわけだな。片方でも床に伏せるやつも多いってのに、てぇしたもんだ。」
毒に強い、か。再び木を切りながら話を続ける。
「ところでよ、ソラ。答えたくなかったら、かまわねぇんだけどよ。手当するときに背中が見えちまって…。」
「どうかしましたか?」
「龍の模様のことよ。刻示だろ、それ。」
「コクジ?」
咎のことかな。
「形を持った、ずっと消えないあざ、俺たちの国では刻示って呼ぶのさ。」
咎(光の国)=刻示(地の国)ってことか。
「僕たちの地方では咎って呼んでました。由来までは知らないですけど。」
「そうなのかい。ま、どちらにせよ、おめぇさんも苦労してきたろ。」
そういうと袖をチラリとまくり、右腕に浮き上がった模様を見せてくれた。何種類かの縞々が連なっている。何の模様だろう。
「ロッツさんも…。」
「おぉよ。ところでソラは何か見えるクチかい。」
「見える…。元素くらいは見えますけども。」
「そりゃ、すげぇな。一等賞じゃねぇか。」
「いえ、そんなことは…。」
「謙遜も過ぎたら失礼だぜ。誇っていいんだよ!」
「そう…ですか。そういえば、地の国ではみんなアザがあるんですか。」
「こんなもん、そうそうあってたまるかよ。刻示は人智を超えた力の象徴。神様からのギフトってぇもんよ。っても、俺の場合は、元素はもちろん見えねぇし、せいぜい砂と話すことしかできねぇけどな。」
「砂と話す?」
「そうでぇ。お互いに思い合ってるのよ。カミさんよりも理解し合えているかも知れねぇなぁ、がはははは。」
地面を揺らしたってのも、その力だったのかな。
「ロッツさんは苦労してきたんですか。」
働いていた手を少し休めて、遠くを眺めて、ふぅっと息をついた。
「苦労といえば贅沢なのかもしれねぇが、この国では畏怖される対象なんでな。刻示を持つ者は「神様からの使い」と呼ばれたりもする。そんな大層なもんでもねえ、と言い聞かせてはみるものの、背負っちまうものはやっぱり大きいわな。」
その言葉から、父さんと樹上で話した光景が鮮明に思い出された。
「ソラ。よく覚えておくこと。力には正しい責任が生まれる。自他共栄という言葉を胸に刻んでおくんだよ。」
「正しく使う…。それと…ジタキョウエイ?」
「そう。自他共栄。困難に出会うたびに考えるんだ。何が正しいのかを。自分のためだけにその力が与えられてるわけじゃない。」
あのときは、よくわからなかった父さんの言葉が、今なら少しわかる気がした。
正しく力を使う、か。このままじっとしてても何も変わらないもんな。大きく息を吐いて、呼吸を整える。現実を見つめないと、だめだよな。
「…あの…少し質問してもいいですか。」
「おうよ、いくらでもかまわねぇよ。」
「地の国から見て、光の国って、どちらの方角にありますか。」
「光の国の場所は知らねぇが、ソラの話から答えを導くなら、西だろうな。真西。海の真ん中にそびえたっている雲の塔があるんだが。恐らく、それが光の国だろう。」
「雲の塔、ですか。」
「あぁ、アンナたちが縦雲って呼んでたろ。」
マーサと見に行こうって約束した、あれか。
「そこに行く方法って、ありますか。」
ロッツさんは手を止めて、真っ直ぐ僕の方へ視線をくれた。心なしか涙ぐんでいる。
「…帰りてぇよなぁ。でもよ、それは無理な話だ。」
「えっ、どうして。」
「そりゃあ、あれだ。いっつも海の上を稲妻が這ってるし、水中にはわけのわからん巨大生物だらけだしよ。それに加えて海毒が吹き荒んでいるとくりゃあ…。」
「ってことは…。」
「…できることなら、戻してやりてぇが。今のところ雲の塔に行ける方法は見つかってねぇ。」
少しの沈黙の後、ロッツさんは再び下を向いて、薪を割り始める。僕も薪をまとめていく。そっか。光の国に外からたどりつくのはとても難しいことなのか…でも、大丈夫。想定しうる最悪のケースじゃない。
「あの、もう一つ聞きたいんですけども。」
「おう。」
「三賢人について、何かご存知ないですか。」
「サンケンジン?」
「はい、東方にいるという三人の賢者たちのことです。」
「東の三賢…その言葉を耳にしたこたぁ、あるにはあるが。」
「どんな話なんですか。」
「いやぁ、ほとんど覚えてねぇなぁ。でもよ、確か地の国にも三賢につながる伝承はあったはずだ。こういうことはアンナの方が詳しいからよ、今晩にでも聞こうか、なっ!」
良かった。手がかりはある。それだけで少し気持ちが楽になった。
ロッツさんと話した後、マーサとご神木を見学することになった。しばらく歩くと遠くの方に、それらしき森が見えてきた。
地図で見るよりもかなり距離がある。ちょうどここら辺で、真ん中くらいかな。
振り返るとマーサの集落までは、ずっと砂漠が続いていた。緑は点々と、目につく程度だ。
「それにしても最高だね。この木。何ていうの?」
「ここのみんなはコサッキって呼んでるけど、本当の名前は知らないわ。」
「この木の名前はシロップルメイプル。限られた場所にしか生えないんだぁ。いいよねぇ。」満足気にピートが話す。
僕たちは甘ったるい匂いのする葉っぱを片手に、深い木陰道を進んでいく。おいしい樹液が活力を与えてくれる。
しばらく進むと意外なほどに景色が近づいてきた。海岸沿いにポップルツリーが並んでいるのがはっきりと見える。その中でも、ひときわ背高の大きな木。あれがご神木かな。
「もうすぐ着くね。」
マーサがにこりとほほえんだ。自然と足取りが軽くなる。もう一度、この地点まで来れて本当によかった。




