第12話 黒い石
階段を登るところで、アンナさんの声が追っかけてきた。
「ソラくん!ソラくんさえよければ、気を遣わずに、うちにいてくれていいからね。」
「おう、そうだな。出会ったのも何かの縁だ。ゆっくりしていってくれい。」
段差を降りて、向き直った。
「ありがとうございます。何でもしますので、すみませんが、しばらくの間、よろしくお願いします。」
視界の端でマーサが小さく微笑んでいた。
あとから、マーサがさっき話していた本を部屋まで持ってきてくれた。小説なんて久しぶりに読むな。
…だめだ、もう同じ行を3回は読んでる。うつらうつら迫りくる眠気に抗うことはできなかった。
◇ ◇ ◇
「パパ!あの光ってるのは、なぁに?」
雲向こうの陽光がかすかな木漏れ日となって二人を照らす。少年はくっきりとした目をまんまるに広げて、フワフワと綿毛のように光るものを指さす。広々とした森の中、光の葉っぱがはらりはらりと落ちていく。葉っぱはやがて綿毛のようにフワフワとした小さな白い光となって消えていく。
「ソラはすごいねぇ。あのキラキラしたものが見えたんだね。」
少年に目線を合わせて、父親が言った。
「あれはね、元素っていうんだよ。」
「げんそ…?」
少年は首を横に傾けて、眉間に小さな小さなしわを寄せている。銀色に光る髪の毛が風で揺れる。すくうように丸めた手の先に、また一つ光の元素が降りてくる。
「元素はね、どこにでもあって、世界を作っているものなんだ。でも、誰にでも見えるわけじゃあない。」
父親は光の元素を集めて、三本足の美しい鳥を作ってみせた。
「なんだそれ。へんな鳥。」
口をとがらせて、父親の方を見る。
「はははっ。これはヤタガラス。パパの守り神だよ。」
まばゆい鳥を森へ放って、父親は続ける。
「さて、光の元素が見えた。そんなすごいソラに今日のお題を発表します。」
わくわくした表情で少年は父親を見上げる。
「元素をアームドに混ぜてみよう!」
父親は右手の人さし指をピンとたてて、挑戦的な笑顔で息子の顔をのぞきこんだ。
「アームドと元素をまぜる…?」
少年の頭の上に?マークが飛び交う。
「とりあえずアームドを展開してみようか。」
少年はキラキラとした瞳で父親を見上げた。
「たくさん練習したから、新しい形に変形させられるよ!見て!」
少年は右肩から指先まで透けるような金色のアームドで覆って見せた。
「おぉ!すごいじゃないか!また、扱えるアームドの量が拡がったんだな!」
父親は息子の頬をポンッとなでる。
「へへへ!」
「アームドは自分の意思で自在に形を変えてくれる。硬度も鋭さも、何にでもなってくれる。この世に二つとないもの。さあ、さっそく…。」
…ダァン!
体がビクつく。うすらぼやけた視界は、まばたきごとに、だんだんピントが合ってきた。窓側のカーテン越しに赤や橙の灯りが点滅している。
あぁ…夢か。幼い頃の記憶。
目の前の小さな円机には橙黄色のキンモクセイが一枝、たたずむようにこちらを見ている。
「五カ国 冒険記 サイラス&リュート」
青地に金文字の帯。ロッキングチェアーから降りて、本を拾い上げた。眠気がまだ僕の首筋をはいまわっている。
ふらふらと窓を開ける。
ずっと向こうまで続いている青空、生命感のあふれる草原。何度見ても全く飽きない。
高い空、澄んだ空気、照りつける太陽。陽の光で目覚めるのは、本当に幸せなことだと実感した。凝り固まった体をほぐすように伸びをする。
寝返りを打つたびに痛んでいた腰も、ずいぶん平気になってきた。
コンコンコン
「おはよう、ソラ。ふふっ。朝から暴れすぎよ。具合はどう。」
マーサがニコリと微笑んで、朝のスープを持ってきてくれた。
「ありがとう。だいぶ良くなったよ。だんだん体も動くようになってきたから、そろそろリハビリをはじめようかと思ってるんだ。」
「そうなの?」
「うん。何か手伝えそうなこととかないかな?」
「ちょうど人手が足りなくて、パパが困ってたからきっと喜ぶよ。」
窓の外を見ると、黙々と冬支度をしているロッツさんの姿が見えた。
「アンナさんは?」
「ママは海岸に用事があるとかなんとか言って、朝早くから出かけたよ。」
「じゃあ、準備したら、僕もできることからやらせてもらうよ。」
マーサも「一緒に手伝う」と言って、部屋から出ていった。
とりあえず今日も黒い石を太陽にかざしてみる。が、相変わらず、うんともすんとも言わない。この石なんなんだろう。あの日、父さんから預かった巾着に入っていた黒い石。他にも地図やらメモ帳やらなんかが入っていた。
(東方におられる三賢人様にお見せになるがええ。)
ふと、忘れかけていたオババ様の言葉が頭の中を流れていく。んー、地の国って光の国から見てどっちなんだろ。できることなら一旦、光の国へ戻ってから、東へ向かいたいな。
「そういえばさぁ、ピート。ピートはゴドムが現れたとき、何してた?」
階段を降りながら、ピートに聞いた、
「ちょうど二人が見えたから、反対側から攻撃を当ててたよ?」
キョロキョロとしていたゴドムの姿が思い出された。
「あぁ。それでか。僕たちを探していたのかと思った。」
「探されてたよ?見つかりそうだったから、仕方なく攻撃したんだよ。」
「そうだったんだ。」
「うん。じゃなくちゃ、あんなやつと関わりたくないよ。」
「そうだよな。ありがとう。で、その後は?」
「そりゃぁ…君のパパに座標に向けて飛ばされたよねぇ。」
「父さん、何か言ってた?」
「咎を解くのを手伝ってやってくれってさ。」
「ソラー!ピートちゃん!行こうー!」
一階から声がする。
「また、詳しく聞かせて。」
「おっけぇー。」