7 試練
「“ベリー”を身に付けているんだね」
夕方、サロンで皇太子殿下とお茶をいただくのが日課になってしまった。私のスケジュールがそうなっているのは、お母様の仕業だわ。
「ええ、触り心地が良くて」
私はブレスレットを外して“戻れ”と命じた。
とたんにそれは太めのガチョウに姿を変える。私はその毛並みを撫でた。もふもふの部分が特に良い感じだ。
「それは良かった」
ルシファー様は微笑んでベリーと私を見た。彼は私が貸した数冊のロマンス小説を全て読破したようで、『今日から私はあなたの恋人になるよ』と仰った。本気で私の希望を叶えて下さるつもりらしい。
それからは物語の恋人達を参考にしたのか距離が近くなり、二人の時はお互いを敬称なしで呼ぶようになった。元々人当たりの良い方なので、会話はとてもしやすかった。でも、彼の金の瞳には未だに慣れなくて、見つめられると緊張してしまう。
そんな9月下旬、水の中央神殿に神託が下った。
年の初めに精霊王の御言葉を賜る事もあるけれど、それ以外には聞いた事がない。それほど特別で意味のある内容だった。
「カミラ姉様! 大変だ‥‥」
夕方、サロンでルシファー様と談笑していると、弟が飛び込んで来た。
「どうしたの?」
「皇太子殿下、申し訳ございませんが席を外して頂けますか?」
ルイスの言葉に嫌な顔もせず、ルシファー様は護衛の騎士と共にサロンを出て行った。侍女のジゼルは残っている。
「姉様、神託が下ったんだ。その件で、今ディランとディア姉様が神殿に呼ばれてる。二人で精霊王の試練を受けるよう説得されているらしい。試練の内容は知らされてなくて、期限は次の新月までだって!」
そう説明した後、弟は皆に連絡を取ってみるからとサロンを出て行った。入れ違いにルシファー様が戻る。心配して外で待っていて下さったようだ。
混乱している私は考えが纏まらない。なぜ、いきなり神託が? しかも神の試練を受けろなんてどう言うこと?
「‥‥顔色が悪いけど大丈夫?」
ルシファー様は屈んで、呆然と椅子に座る私に話しかける。
「リーディアが‥‥!」
親友の危機に声が震えた。でも他国の皇太子殿下には話せないわ‥‥手を胸の前で握って我慢する。
「あなたの友人が、どうかしたの? 私に手伝えることはあるかな?」
「‥‥ごめんなさい」
顔を伏せた。ルシファー様の気配が近くなり、気遣うように抱きしめられた。頭を撫でられる。
彼女のために今の私に出来ることは何がある? もう時間が無いから一人で考えるよりも皆で相談した方が早いわ。対策は試練の内容次第だから、まずはそれを決めてそれから‥‥焦りで額に汗が滲んだ。
宥めるように、耳元で穏やかな声がする。
「落ち着いて、きっと何とかなるよ。私もあなたの力になれるなら、ぜひ協力したい」
「それだ!」
ルイスの声が響いた。顔を上げると、入り口に弟が戻っていた。
「皇太子殿下、明日の午前中、私達にお時間をいただけませんか? ご助力頂きたい件がございます」
「分かりました。調整しましょう」
「よろしくお願いします!‥‥カミラ姉様、これからシリルの邸に行って来るね。それから、皇太子殿下に事情を説明してあげて。大丈夫だから、協力して貰おう。それと、今夜はちゃんと寝るんだよ!」
去って行く弟を見送り、ルシファー様に目を向けた。彼の手のひらが、私の頬を優しく撫でる。
「では、お茶でも頂きながら、聞かせて貰おうかな」
ジゼルがお辞儀をして、準備を始めた。