4 エストリアの皇太子
秋になり、エストリアのルシファー殿下がご来訪された。肖像画通りの麗しい方だった。
初日は晩餐会が設けられ、そこで殿下や同行している官僚の紹介がされた。
私も淑女らしい態度を心がけたけれど、あの金の瞳に見つめられると頬が染まるのを抑えられなかった。
それをお母様が目ざとく気付き、普段は物語や舞台の登場人物にしか興味を示さない王女があんな初心な反応を!‥‥と思われたようで、
「皇太子殿下、もしよろしければ、カミラの話し相手になって下さらないかしら? 夕方あたりはどう? ご都合がよければ、この子のスケジュールも空けておくわ」
と、勝手に約束を取り付けてしまった。
数日後、学園の見学を終えた殿下は、約束通り私のサロンに姿を現した。
「ごきげんよう、カミラ殿下。座っても?」
「ええ、どうぞ」
ジゼルが淹れてくれたお茶を二人でいただく。
何を話そうかしらと思っていると、彼が先に口を開いた。その耳元で金色のイヤリングが揺れる。
「まずは、私の母について話をしようか。なぜこの婚約に至ったのかが分かると思うから」
ルシファー様とは、学園をご案内した際にもたくさん会話をしていた。そこで少しお近付きになれたため、口調もくだけたものになっている。
「エストリアの皇帝陛下が、この婚約に深く関わっていらっしゃるのですか?」
「ああ、そうだよ」
黒くゆったりした衣装をお召しになっている皇太子殿下は、長い足を組んで微笑みながら語り出した。
「私の母は、幼少の頃にエストリアを捨てて、このアルカナ王国に亡命しようとしたんだよ」
「まあ‥‥それはなぜですか?」
急な話に驚いて聞き返す。
「母はね、特に可愛いものや綺麗なものが大好きなんだ。皇族の居城や自分の容姿は暗くて嫌いだったらしい。加えて、エストリアは前皇帝がいいかげんだったから、国内事情も荒れていた。だから、そこから逃げて憧れの精霊の国に住みたかったのではないかな‥‥当時僅か5歳だったけれど、無事に国境を越えてワンズ辺境伯領に辿り着けたらしいよ」
それはすごいわ。協力者がいたのね、多分。
「それで、陛下はどうなったのですか?」
「夏休みに避暑のため訪れていた、当時学生だった現カリス辺境伯夫人と王太后陛下に保護されたそうだ」
ややこしいけれど、カリス辺境伯夫人はリーディアの父方のお祖母様、私の父とリーディアのお母様は兄妹なので、王太后陛下は私とリーディアの祖母にあたる。
「‥‥そう言えば、お二人は同級生で仲が良かったと聞いています」
「そうだね、それで母はかなり駄々をこねたけれど、結局お二人に説得されてエストリアに戻ったんだ。“友情の証”だと贈られたペンダントは今でも大切に持っているよ。未だに文通も続いているらしい」
そうなのね、知らなかったわ‥‥お祖母様からそのような話を聞いたこともない。
「戻られてからは、陛下はどうなさったのですか?」
「内政に関しては、ある程度の年齢になってから改革に乗り出した。一代で終わらせたかったから、かなり荒っぽくなったかな。悪魔の血を引くのは、皇族だけになってしまったしね」
「まあ、そうなのですね‥‥」
聞き入っている私を、殿下の金の瞳が捕える。
「そこで本題なのだが、母は自分の子供の配偶者にアルカナの王族かその血族を迎えることまでが悲願でね‥‥今回の訪問で、必ずカミラ殿下の心を射止めて来いと命じられているんだ」
お茶を飲む私の手が止まった。