2 婚約者
14歳になり、魔法学園へ入学した。
弟のルイスも私と従姉妹を追いかけて無理矢理学園へ入学した。お父様へ頼み込んだようだった。
私の婚約者はまだ正式に決まっていなかったけれど、隣国エストリア帝国の皇太子殿下が最有力候補らしい。
従姉妹のカリス公爵令嬢、リーディア・カリスは兄のディランと婚約、そして4月の誕生日に入籍しており、学園へ来てからは毎日幸せそうだ。
彼女とは親友と呼べるほどの間柄であり、学園内でも女装した弟と三人で行動を共にしている。
弟が女装しているのは、お父様から“王太子と気付かれないように”と命じられたからだ。名前も“ルイーズ・フィアンティーヌ伯爵令嬢”と偽名を名乗っており、ルイーズとして一年間限定で私達の側で過ごす取り決めらしい。
「週末の観劇、楽しみですね」
昼休み、食事を終えてから友人がテーブルにパンフレットを広げる。
それは10歳頃からはまっている女性だけの歌劇団のものだった。私は現実逃避できる、その夢のような時間が大好きだ。女性向けなだけあって、綺麗なものしか出てこない。
「あ、また姉様達二人で観劇に行くんだね‥‥私もご一緒したいけど、週末もスケジュールが埋まってるんだよねぇ」
弟のルイスが悔しそうにテーブルに伏せた。両手で拳を握っている。
「また今度、一緒にお出かけしましょう?」
優しいリーディアが声をかける。弟は、ありがとうお姉様〜と言いながら、従姉妹に抱きついていた。いつか、夫のカリス卿に体中の水分を全て抜き取られると思うわ。
リーディアがルイスの頭を撫でながら言った。
「主役はカミラ様のお好きな役者さんですね」
「そうね。これを楽しみに生きてると言っても過言ではないわ」
「まあ」
くすくすと笑い合う。こんな共通の趣味を持った、心を許せる友人ができなければ、私はもっと荒れていたかもしれない。
それほど毎日が窮屈だった。
例えば、私も専属の護衛騎士が欲しいと言えば、護衛騎士を付けないのが王家の慣習だから、と却下され、“シュヴァリエの契り”をしてみたいと希望すれば、国外に対して印象が悪いのでダメですと跳ね返され‥‥と言う具合だ。
長女と言う事もあり、他の弟妹のお手本になるような振る舞いを、とよく言い聞かせられた。
護衛騎士が付かない代わりに、“影”と呼ばれる武力集団の中から、常に数人が警護してくれているらしい。
侍女のジゼル以外はどこに居るかわからないけれど、一日の終わりには窓の外に向かって『今日も護衛ありがとう』と感謝を伝えることにした。
王族が住まう宮殿は、いくつかの区画に分けられており、私はカルミア宮と呼ばれる奥の一画を与えられている。
学園から自室に戻ると、執事長がトレイに乗せて冊子のようなものを運んできた。
「王女殿下、エストリアから皇太子殿下の肖像画が届きました」
ジゼルが受け取り、ソファーに座っている私の前に差し出す。それを受け取って、感慨にふける事もなく、上品に装飾された硬い表紙を機械的に開いた。
「‥‥ごほっ」
口の中にあった紅茶でむせそうになり、一旦閉じる。咳払いをして体裁を整え、再び開いたそこには、私の理想そのままの外見を持った青年がこちらに微笑みかけていた。
“シュヴァリエの契り”とは、騎士と、その騎士が想いを寄せる淑女が精神的な繋がりを持つ事を公表するもので、オリジナル設定です。
主従関係を結ぶ“シュヴァリエの誓い”とは別物です。