18 地下2
魔物とは、まだ距離がある。
横に飛んでベリーから離れた。恐怖で竦みそうになるけれど、足を踏ん張って耐えた。しっかりしなさい、私はアルカナの王族なのよ。何か策があるはず、考えないと。
時間稼ぎのため、魔物との間に氷で壁を作った。
緊張で冷たい汗が流れる。大きな音と共に氷の表面にはすでにひび割れが入っていた。
そうだ、風と水に効果があるなら、そこから派生する精霊魔法がある。
魔法理論で習ったわ。空に浮かぶ雲は、水と氷の粒から出来ている。それが強い上昇気流の中で激しく摩擦すると。
身体の中の精霊力、氷と風が出合い、摩擦しながら放出される様子を思い浮かべた。
氷が砕け散り、魔物が吠えながら狂ったように突進する。
薄暗い部屋が一瞬真っ白になった。雷鳴が轟き、光の槍が魔物を貫いた。遠くの壁に打ち付けられ、ずり落ちる。効果はあるようだ!
私は肩で息をしながら、夢中で撃った。何度か繰り返していると、魔物は動かなくなった。
それでも震えながら手首を左手で支えて右手を垂直に向けたままで立っていると、後ろから肩をぽんと叩かれた。驚きすぎて大きな悲鳴が出る。
「カミラ、大丈夫? あれを一人で倒すなんて、さすがだね」
隣のルシファー様を確認して、その場にへたり込んだ。遠くで二つに割れたベリーが復活していくのが見える。
「来るのが遅くなってごめんね。立てるかな?」
手を引かれても、腰が抜けて立てなかった。ルシファー様が外套を外しながら膝を付き、それで私を包んで抱き上げる。
この余裕のある態度と表情を見て、やっと助かったのだわと思えた。涙が止まらない。
「ルシファー様‥‥」
首に腕をまわしてしがみついた。力強い腕でぎゅっと抱きしめてくれる。
「ああ、怖かったね。もう大丈夫だよ」
「‥‥好きです」
急に告白した私に引くこともなく、彼はくすくす笑って頬をくっ付けた。
「そう、私も好きだよ。いつもの冷静なあなたも、実は怖がりで繊細なあなたも含めて、全部」
ベリーに宮殿まで転送して貰い、着いたのはルシファー様の私室だった。
「浴室を使うといい。その間にあなたの弟を呼んで来よう」
震えている私を、浴室に設置してある化粧台の椅子に座らせて、お湯の用意をして下さった。
「着替えはこれを使って。ではね」
弟はすぐに駆けつけてくれ、事情を知るとルシファー様に抗議していた。そして裸足だった私の足を治療してくれた。
「姉様、今夜は私もこの部屋に泊まるからね? ソファーで寝るから」
私と共に部屋へ戻った弟は心配そうな顔でこちらを覗き込む。いつの間にかベリーがソファーに戻って寝ていた。護衛の二人は私が戻る前に席を外している。
「‥‥じゃあ、ベッドも広いし、着替えたらこちらにいらっしゃい」
隣をぽんぽん叩く。体が温まったら、だいぶ落ち着いて来た。でも体力と精神力をかなり使ったので、もう起き上がれない。
「姉様から同衾に誘ってくれるなんて、嬉しいな」
そう言いながら、弟が隣に入る。
「腕枕してあげようか?」
「結構よ」
「じゃあ、手を繋いでくれる?」
「‥‥どうぞ?」
私が腕を伸ばしたら、弟の指が絡んだ。
「姉様、あの方の事好きみたいだけど、多分、結婚したら相当苦労するよ」
「そうね」
弟は溜息をつき、間を置いて続ける。
「‥‥しょうがないから教えてあげるけどさ、皇太子殿下がいつも金色の装飾品を身につけてるでしょ?‥‥あれって自分の瞳の色に合わせてるんじゃなくて、カミラ姉様の髪の色から来てるらしいよ」
驚いて横を向いたら、弟は目を閉じたまま言う。
「昔、姉様を見かけた事があるんだって‥‥この滞在中にでも、本人に聞いてみたら?」




