15 エストリア4
「‥‥の準備は整っている。後はこの生贄で上級魔族を従えたあと‥‥る‥‥を‥‥放てばいい」
声がしたので薄く目を開ける。天井が見えた。固いものの上に横たわっているようだ。しかも身体が痛い。腕を動かそうとしても、足も何も動かせない。
頭がふわふわして思考がまとまらないので、精霊魔法も無理そうだった。
状況確認ができないうちに誰かの足音が近付いてきた。
「‥‥何だこいつ、王女の部屋にいたガチョウじゃないか‥‥何してやがる!」
ガチョウって、まさか‥‥ベリーがいるの?
「‥‥‥‥」
うまく声が出せなかった。どうなっているのだろう。目は動かせたので横を見る。
ひとつ分かるのは、私の顔の横にあるのが、兎の尻尾がついた、ふわふわのベリーの白いお尻だと言うことだ。私をかばうように立っているらしい。
その向こうから複数の男の声が聞こえる。
「おい、なぜサークルの上にガチョウを乗せている?」
「気付いたら居たんだ‥‥こいつ、足の水掻きに根が張ったように動かねぇ。殺すか?」
「よせ、切るな! 生贄が汚れるだろう? その王女は綺麗なままにしておけと言うご命令だ」
ベリーの身体が左右に揺れているけれど、そこから動かない。
やがて、新しい男の声が加わった。
「準備は整ったか?」
「閣下!‥‥ご覧の通り、ガチョウが乱入致しており‥‥どうやら、転送される際に王女のペットも巻き込まれたものと思われます」
閣下と呼ばれた男の声が近付いた。
「サークルはちゃんと描けているのだろう‥‥ならば良い。主人と共に死にたいのなら、そのままにしておきなさい。これまでは失敗続きだったが、その屈辱も今日で終わりだ‥‥こちらも上級魔族を召喚して、皇室を乗っ取ってやる」
情報がうまく纏まらなくて、相手の言葉が耳を滑って行くようだ。誰かが私の腕に触れた。
「この王女さえ消せば、私の娘を皇太子妃に据える事ができる。そして現在の陛下には退位して頂こう。皇帝が居なくなれば、“名前負け”の皇太子殿下など、どうにでもなる」
ベリーを越えて、誰かがこちらを覗いた。顔の一部しか確認できなかったけれど、とても気持ち悪かった。
「‥‥しかし、この美しさ、精霊とはよく言ったものだ」
手が伸びて来て、頬に触れようとした。避けたかったのに、体が動かない。
その時、ベリーの羽毛が小刻みに揺れて、そのクチバシの中から人間の手が生えた。それが男の腕を掴む。
『‥‥ベリー、よくやった』
ルシファー様の声が響いたと思ったら、ベリーの体が裂け、男の腕を掴んだままの皇太子殿下が中から現れた。夢でも見ているかのようだ。
「王女に目隠しを」
彼の命令に反応して、元の体に戻ったベリーが羽を広げた。私の視界が羽毛で完全に塞がる。
『うっ』『ぐふっ』と言う短い呻き声が続き、やがて室内が静まり返った。
「‥‥皇太子、なぜ‥‥」
この震える声は、野望を語っていた男のものだ。
「お前だけは、陛下に引き渡す。直接裁きを受けるが良い」
何かが砕ける音がして、どさりと床に落ちた。




