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12 エストリア1

 学期末に、各精霊魔法の試験があった。適正のある風魔法は上級になり、リーディアと一緒に頑張っていた水魔法も、もうすぐ上級になれそうだ。



 そして冬休みに入り、エストリアへ出発する日を迎えた。

 今回、留守番役のディラン・カリスは奥様が心配なようで、悲しそうな顔で見送りをしていた。こんな穏やかな人ほど、怒ったら怖いんだろうなと思う。


 そして、今私の目の前で微笑んでいる彼も、怒ったらどんな感じになるのか想像がつかない。


「カミラ殿下、カリス小公爵夫人、ようこそいらっしゃいました」


 素材や形は違えどいつも黒い衣装のルシファー様は、外套にペリドットのブローチを付けていた。これだけはどう見ても私の瞳の色だわ。

 自分の恋心を自覚してしまうと、以前に輪をかけて見つめられると恥ずかしくなった。

 宿泊先となる、皇城よりも国境に近い冬の離宮に案内された際も、ついリーディアに助けを求めてしまった。これではいけないわ。



 初日の夜に、ベリーに向かって“会話”と言った。侍女に扮装して同行した弟はもう自分の部屋に戻っている。

『おや、もう寝てるかと思ったのに‥‥疲れてない?』

 微笑んでいるであろうルシファー様の声がする。

「少し話したくて」

『ふふ、いいよ‥‥あなたの部屋は、3階の角だったよね。外には騎士が待機しているだろうから、ベランダの鍵を開けておいて。すぐそちらへ行くね』


 カーテンを開けると外は雪が降っており、ベランダの手摺りや床にも積もっている。

 鍵を開けていたら、いつの間にか皇太子殿下がそこに立っていた。

「ルシファー様‥‥!」

 驚いて声を上げると、彼は自分の唇に人差し指を当てる。私は頷いて、彼を部屋に招き入れた。


 頭や肩に雪が付いていたので、私がリネンで丁寧に払い終わると、笑顔でなすがままになっていた彼は、腕を広げて私を抱きしめた。

「連絡をくれて嬉しいよ。昼間は素っ気なかったから‥‥距離を置かれたかと」

 顔を覗き込まれる。その金の瞳に囚われる前に、目を閉じた。唇が重なる。


「話したいことがあったの? それとも‥‥私に会いたかった?」

 囁かれたので目を開くと至近距離で微笑まれ、知らず言葉を発していた。

「ルシファーに会いたくて‥‥」

 自分の口を両手で押さえる。この方の瞳は、自白効果でもあるのかしら‥‥危険だわ。

「ふふ、嬉しいな」

 ルシファー様は気にせずにこにこ笑っている。耳に付けた金色のイヤリングが揺れていた。


「明日のパーティーはそんなに規模が大きくないから、緊張しなくていいよ。招待しているのも、この辺りに居を構えている貴族ばかりだから」

「と言うことは、参加されるのはこの婚約に賛同している貴族が多いのでしょうか?」

「それは、どうだろうね?」


 そんな受け答えをされると、不安になるわ。世の中そう上手くはいかないと分かってはいるけれど。

「不安そうにしているあなたも、可愛いらしいな‥‥でも、もう行かないと。アルカナの優秀な騎士に気付かれる前に」


 ずっと私を抱きしめていた手が離れる。寂しく思って見つめると、再びキスされた。

「ではまた明日。おやすみ、カミラ」

「おやすみなさいませ」

 最後に彼がベリーに『頼んだよ』と言うと、ベリーは羽を広げて応えていた。


 ルシファー様の後ろ姿がベランダの先の闇に溶けるのを、私はずっと見送っていた。

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