11 引き止める者
危惧していた試練は無事に終わり、精霊王の使者様がリーディアの側で休息を取ることとなった。
国としては最上級のもてなしをしたかったけれど、ご本人がそれを希望されていないので誰も何も言えなかった。
でも、私はそれで良かったと思う。使者様が側にいれば、神殿や王家がリーディアを利用しようとせずに済むもの。ほんわかした友人が危険な目にあわないように、私もこの国に居られるうちは配慮していきたい。
ルシファー様にも、ベリーを通じて報告をしている。私の方は業務連絡のようになってしまいがちだったけれど、彼も毎回返事をくださっていた。
そして今日はエストリアに持参するドレスのフィッティングを行なっている。
「カミラ様、お綺麗です‥‥!」
リーディアは私の容姿をよく褒めるけれど、そう言う彼女も公爵家の血筋だけあって美しい。瞳も私と同じグリーン系なので、姉妹みたいだとよく言われる。
ドレスに合わせてアクセサリーも選び、後は弟も加わって三人でお茶をした。
「カミラ様は、最近よくそのブレスレットをなさっていますね」
リーディアは私の右手のもふもふのブレスレットを眺めている。
「可愛らしいですね。贈り物ですか?」
「ディア姉様、装飾品を贈ってくれそうな方って一人しか居ないでしょ?」
弟の指摘に、友人はキラキラ瞳を輝かせる。
「まあ!‥‥でも、あの方の髪は黒で瞳は金、装飾品も金色が多かったように思うのですが、なぜブレスレットは紫色なのでしょう?」
「それは、カミラ姉様がベリー系の食べ物が好きだからじゃない?」
それを聞いて、リーディアはなるほどと頷いている。人が良すぎてこの先が心配だわ‥‥だからカリス卿が早めに妻に迎えたのかもね。
その後も会話は続き、やがてお開きになった。
弟と一緒に友人をカルミア宮の出口まで見送って、戻ろうとした時だった。
「カミラ殿下‥‥少し話したいんだけど、いい?」
アレンが柱に手を付いて通せんぼをしている。
「どうかしたの?」
幼馴染を見上げたら、彼が一歩こちらに近付いた。
「ちょっと‥‥近くない?」
後ろに下がろうとしたのに、腕を掴まれた。助けを求めるように隣に目をやると、弟は興味深そうにこちらを見ているだけだった。
「エストリアの皇太子と婚約するのさ、辞めたら? あの国はまだ内政が不安定らしいし‥‥それなら俺の嫁になれば? 今ならまだ正妻にできる」
「何言ってるの?‥‥もう無理なの分かるでしょ」
「仲良さそうだったけど、まさか、あいつのことが好きなのか?」
壁とアレンの間に囲い込まれてしまう。逃げを許さない真剣な赤い瞳が迫る。ルシファー様とは政略結婚だけれど、今はもうそれだけの繋がりではなくなっている。例えば私が父からアレンとの婚約を言い渡され、妹にその役目を譲れと言われても、承諾できない。なぜなら私は。
「私は、ルシファー様を愛してるわ」
自分で言って気づいた。そうか、だから恋人のふりをされても、どこかで虚しかったんだわ。私は彼の心も欲しかったのね。
「アレン、申し訳ないけど、そこまでだよ。カミラ姉様が嫌がってるからね」
弟の声が制止してもアレンは動かない。私を囲う腕に、弟がそっと手を置いた。
「この宮殿内で王族に悪さをすると、どうなるか分かるよね‥‥?」
ジゼルとアレンの護衛騎士以外にも、複数人の気配が現れた。殺気のような圧がかかる。
「そうだな、俺が諦められてないだけだった‥‥ごめん」
溜息をついてアレンが離れる。その背中を弟がポンと叩く。
「私も振られた方だから、気持ちは分かるよ。見合い頑張って」
「‥‥お前‥‥絶対慰めてないだろ」
「何人も奥さんを迎えるんだったら、その方達に慰めて貰いなよ」
「そう言う慣習なんだよ」
「嫌なら変えればいいじゃん」
軽口を叩きながら、二人と一人の護衛騎士が去って行く。弟はアレンを送って行くようだ。
先程感じた殺気は、きれいに無くなっていた。