裏
右を見ても左を見ても建物。足元はタイルでびっしり。人気のない路地を独り歩きながら上を見て。少しずつ赤らめる空が見えてうなだれる。
「どこだよここ...」
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中央都市ヘミスフィア。
森林を抜けた先に広がる平原の中でまず一番に目につく城。それを囲うように城壁があり、さらにその外に堀がある。外と内は橋で繋がっており、守衛もまた外と内に置かれていた。
「ご要件はなんですか?」
「冒険者協会所属の冒険者だ。クエストの報告に来た」
「分かりました。ではお入りください」
これだけで都市内へはあっさり入ることが出来た。ちなみに外の守衛は「人であること」を確認しただけで素通りできた。
「ここは楽でいいよな」
「フォグリムじゃこうはいかないもんね」
後ろでカインさんとレンさんが会話しているのが聞こえる。するとユースリスさんに呼ばれた。
「中に入ったら私たちは協会へ向かう。冒険者になっておいた方が今後動きやすいと思うが、どうしたいかは君に任せる」
「...では、手紙を開けられる人を探したいんですが」
「そういえばそうだったな。...不安だが、カインを同行させよう。昔行ったこともあるから問題はないと思う。...おそらく」
「信用薄いですね」
「私以外の2人ははっきりいって馬鹿だからな。いや直感派というべきか?」
ということで、ユースリスさんとレンさんは協会へと向かっていった。残されたカインさんはというと、
「ふっふっふっ...やっと俺のターンが来たってことだ!このお兄さんに任せなさい!」
「じゃあ連れていってください」
「どこにだ?」
「聞いてなかったんですか...」
不安でしかない。
「たしかこの道をまっすぐ...?いや、右だな。俺の第六感がそういってる」
頭の上にあった陽が今では目を潰さんと正面に陣取っている。いかに都市が広いといえど、そろそろ着く頃ではないだろうか。頼りになるのはカインさんの記憶だけだが、本人が曖昧なせいで不信感が募る。
着いていくのをやめようかとも考えたそのとき、左の道の先に出店のようなものが見えた。
「カインさん、あっちでは?」
「うん?...いや、たぶん違うぞ」
「分からないのに?」
「なんというか、違う。嫌な予感がするから別の道に行こうか」
「...当てにならないので見に行きましょう。見るだけなら別に問題ないでしょ」
「...そうか?やめといた方がいい気がするけどなぁ...」
そう言いながらも後ろにはついてきてくれている。だから僕はそのまま、左の道を進み続けた。もうすぐ、道が開ける...
「おーやおや、これはまた珍しい。ここまで"黒い"のは逸材ですなぁ」
...音がしなかった。声とともに、気配が突然生まれたようだった。僕の背中を触りながら、つまりは僕とカインさんを分断しながら声の主は僕にだけ話しかける。
「君はこちら側に来るのがふさわしい。ようこそ、この通りへ」
「お前、何者だ!」
僕より先にカインさんが反応する。それで初めて気づいたかのような表情で、声の主はカインさんの方へ顔を向ける。
「あなたは違うようだ。お帰り願おう」
─瞬間、足元が揺れるような錯覚に陥った。いや、それどころではない。空間が歪むような、幻覚のような、霞がかったような。そんな感じがした。
「...」
都市はだんだん影が差し、陽は半分以上が隠れた頃。歩き疲れた僕は地べたに座り込んでいた。だが、それは逆に突破口を見出してくれた。
「...?」
ふと後ろを振り返ったとき、僕の歩いてきた道はわずかに姿を変えていた。進みながらでは気づけなかった違和感。それに気づいた。
「あの店、開いてる...」
ここらは人気のない場所。お店のような所は軒並み「CLOSED」の看板が垂れ下がっていたし、さっき通ったときもそうだった。それが、開いていた。なら、
「入ってみるしかないな」
見慣れた景色を歩き続けたことで、変化を求めていたのだろう。怪しい人物に声をかけられて迷い込んだというのに、警戒もなく店に入り込んでしまった。
これが、僕の運命を決めることになるとは思いもしなかった。
「ようこそ、我々のもとへ。やはり自力で辿り着けましたか」
中にはあの声の主が、黒い椅子に座って待っていた。それ以外の家具は廃れており、どこか埃っぽい。灯りは立派なシャンデリアが付いているだけに、周りの不格好さが際立っていた。
「カインさんはどこへやった」
「おーやおや、先に他人の心配をするなんて。それだけ黒いのに表面は白く繕っているんですね。ご苦労なことでしょう」
「何が目的だ」
「君ですよ、君。もう1人にはお帰り頂きました。なんせこの原石を他の色に塗り替えられてはたまったもんじゃありませんからねぇ、えぇ」
「さっきから、なにを言っているんだ」
「私たちは裏組織の者です。今の君にはここまでしか言えませんねぇ、えぇ」
「裏組織...?」
「おーやおや、ご存知ありません?こちらは表では行えないクエストを秘密裏に処理するんですよ。それで、ですねぇ」
そう言いとどめると、椅子から立ち上がった声の主は僕の前まで寄ってくる。
黒で統一された服。マントにシルクハットの男。だがその帽子は僕の首ほどまでの高さで、本人の小ささがよく分かる。その男が僕の胸を指さし、
「会員は"黒い"人であるべき、と考えているんですよねぇ、えぇ」
「...」
「君、人を殺したでしょ」
「...っ!」
「いんや、詳しくは違うねぇ。直接手をかけたわけじゃない。見殺しにした...で合ってそうだねぇ」
「な、んで...?」
「復讐に駆られている...というには刃は尖っているわけではない。となると...」
「...」
「さしずめ、破滅願望とでもいいましょうか。なるべく多くのものを巻き添えに自殺したい。そんな欲求が見えますよ?」
「...っ」
服を裏返しにすると隠れていた裏地が見えるように、僕の心はひっくり返されたような気分だった。
隠そうと思っていた気持ちは読まれ、改めて他人に言われて自分のことが気持ち悪く思えてくる。
「それ、最高に気持ち悪くて良いじゃないですか」
それを、ひっくり返した見知らぬ他人に肯定された。
「そうやってどす黒いものを抱える人は大抵、表では暮らしていけないもんです。いつかは逃げ出したくなる。常識の外へ出たくなる。ここはねぇ、そんな人らが集まる場所で。その仕事の一環でクエストも出してるってことですよ」
話しながら彼は、カウンターの裏から何かを取り出す。
「これはねぇ、いわばうちの会員証。都市の人目につかないところで念じれば何時でもここへ帰ってこれる至高の逸品ですよ。君は逸材だからねぇ、渡しておいてあげますよ。必要になったら使いなさいねぇ、えぇ」
そこまで言われ、僕が何かを言う前に、僕の視界がまた歪み出した。気分の悪くなるこの幻術に、僕の意識は暗闇に落ちていった。