武器
セツナからもたらされた情報を仕分け、精査していく。
1つ目は手紙。宛先人が分からず、最初に触れたときには霧が噴出した。そんなものは聞いたことがない。
仮に封印が解けたというのであれば手紙は開けるようになるはずで、そうでないということは「触れたとき」は外の封印だけを解いて内に別の封印をしている、ということになる。
わざわざ外と内で2重の封印を敷いている意味が分からない。今彼に読ませるわけにはいかない...?
2つ目は巨人の魔物が突然現れたこと。これは十中八九、『家族』で封印していた魔物が出てきたのだろう。彼が知らなかっただけだと思われる。
だがそこで別の疑問が浮かぶ。「知らない」のであれば討伐方法などもってのほかだ。何も持たない人間が魔物を倒すケースは稀で、たいていは何かしらの異能を持った人間のみが生き残る。
であれば、3つ目。突然魔物の動きが遅くなった、という言葉の答えは自ずと分かってくる。あとはこの目で確かめるだけだ。
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「ということで、セツナ。君には魔物と戦ってもらう」
...いや訳が分からない。昨日まで理性的だったユースリスさんはどこへ行ったのか。
「いや待てよユースリス!いきなり戦闘なんて無茶にも程があるだろ!」
「そうよ!今日はあんたがふざける番ってこと?」
「いたって真面目に言っている。戦ってもらう相手はもう少し中央都市寄りに出没する、犬の魔物だ」
こうしている合間にも話はどんどん先へ進んでいく。
ユースリスさんは何を考えている?異能も戦闘経験もない一般人をいきなり戦わせて、何が目的なんだ。僕が使えるか判断するつもりなのだろうか。
あれよあれよと考えているうちに、目的の魔物の生息地へ足を踏み入れた。
「セツナ。君にはナイフを渡しておく。危ないと判断したら後ろから援護するから、前を一人で進むんだ」
「...」
「巨人に比べればはるかに楽な敵だ。落ち着いて、あの夜と同じように戦うんだ」
そう言ってユースリスさんは後ろで待つ2人のもとへ合流する。僕は逃げ道がなくなり、仕方なく前へ前へと進んで行った。
そうしてしばらく歩いた頃、森の奥から何かが動く音がした。
ついに来た、そう思って身構える。
静寂が流れる。そこにいると感じる。一度動いたのを見ると、そこにばかり目が向く。だから、僕は失敗した。
奥で何かが動いた気がした。それに気をとられた僕は、背後からの奇襲に気がつけなかった。
瞬間、右の太ももに硬いものが刺さる感覚がした。
「いっ!?なっ!?」
襲われたにしては素っ頓狂な声が出てしまいながらも、後ろの脅威に目を向ける。
黒い体に赤い眼。鋭い牙を剥き出しにしたその魔物は、僕の動きを観察していた。
こいつの何が楽なのか。狡猾にもこの魔物は、僕の利き足を的確に攻撃してきた。獲物を狩るための知識を持った生き物であることを知らしめてくる。
十分に警戒すべき敵と再確認できた僕は立っていた場所から横へ転がる。
なぜ転がったのかといえば足を怪我しているから素早い動きができないからで、もっと言えば、後ろから2体目の魔物が再び脚へ攻撃を仕掛けてくるだろうと思ったからである。そしてそれは正しかったと実証される。
後ろから狙っていた魔物は飛び出し、僕が居た位置へ突進してきていた。狩りのための作戦でもって確実かつ安全に殺そうとするその姿勢に驚きつつも、それを見習おうと考える自分がいた。
そうだ。僕はこれから多くの魔物を殺す。そのためには絶えず考え続けなければならない。それが、何も持たない僕の武器だ。
目の前で獲物の一挙手一投足を観ている魔物らに向き合う。僕に出来る傷は後でレンさんが治してくれる。今はより確実に仕留められる方法を。考えろ、考えろ。
命を刈り取る最善手を、最速で実行しろ。
体に何かが流れるような、そんな感覚を覚えた。
負傷した足。魔物の見る前で見せつけるように振り返り、後ろで待機しているはずの3人のもとへ走る。居ないように見えたが、大事なのはそこではなく魔物に隙を見せること。
ナイフの反射で後ろを映すと狙い通り、背中を襲おうと駆け出す魔物の姿があった。動き出したのが1匹のみなのは予想外だが、むしろ殺りやすい。
集中すればかすかにだが足音が聞こえる。近くなったそのタイミングで、しゃがみながら逆手のナイフを持った腕を後ろへ振り、奴の喉元へ突き刺す。はずだった。
仮にも15年、自分の体を動かしていれば自分のできる動きの限界はなんとなく分かるものだ。その観点から見て、その時の動きは明らかにおかしいものだった。
腕に力と、それ以外の何かが込もった気がした。
振った腕は目で追えないほどに速くアーチを描き、その握られたナイフは異次元の速度を纏って魔物の喉を貫き、衝撃で奴の上体が少し浮く。
振った腕は肉に刺さる抵抗で止まると思っていたものだから、振り切った。ピンと張った腕が持ち上がった魔物の重みがのしかかってきて、あっさり肘で曲がる。
魔物が地に前足をつけ、僕の腕が下がった。ナイフは刺さった位置からズレて、大きな動脈が深く傷ついた魔物から血飛沫がとんだ。
記念すべき一匹目を仕留めた僕は、喜びよりも困惑に支配されていた。
今の感覚はなんだ。僕の体は何をした。思い出したのは巨人の右眼を奪った一閃。制御の効かなかった足は、今と同じものだったのではないか。
確かめるため、そこらに落ちている石を2つ拾って、力を込めて魔物に向かってひとつ投げてみる。普段と変わらない速度。魔物は一歩だけ動いて、最小限の行動で避ける。
ふたつ目、もはや生まれた頃から使えたのではないかと錯覚するほどに自然と使い方を覚えた"それ"を込め、投げる。石は音をたてて空を裂き、魔物は全力で回避行動を取る。
本来できない動きを可能にする。これはもう間違いない。
「僕にも、異能が使える...?」
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「うわぁ、1人で戦うとさすがにキツいんじゃない?」
「俺もユースリスが言ってくれないと正面しか見れないからあの気持ち分かるわ〜」
「あんた、異能で目の前の魔物焼き尽くすことしか考えてないもんね」
「何度背中を矢が掠めて行ったことか...」
前でカインとレンが食い入るようにセツナの戦闘を眺めている。
セツナが怪我を負うのは織り込み済みだ。あらかじめレンに回復を頼んでいる。問題はそこではなく、彼が巨人戦で何をしたのか。それを確かめなくてはいけない。いけないのだが...
「相手を弱体化させるものか、はたまた別の何かか...」
「おぉ!1匹倒したぞ!」
「あの子意外と力強いんじゃない?」
「...カインの炎のように外から見て分かるものではないか。あとは本人の感覚次第だな」
傍から見ればただナイフで魔物を仕留めただけ。だが、横を向いたセツナの表情を見て確信する。
彼は異能の使い方を覚えた。
ここからは数日に1本ペースになります。なるべく早く更新できるよう頑張りますので、気が向いたときにまた見に来てもらえると嬉しいです。