仮面
僕の家の庭、その隅にある少し大きい岩。そこに姉ちゃんが埋められたそうだ。
「お姉さんにせめて花くらいは供えてあげな」とレンさんが僕のパーティ参入を聞いてから集めてくれた花を、墓の周りに植え直す。町にみんなが残ってくれていれば姉の墓を任せたかったのだけれど、カインさんから「住民は遠くへ避難していて確実に安全とわかるまでは戻ってこない」と言われたから、花束ではなく植えられるものを供えることにしたのだ。
「いってくる、姉ちゃん」
旅立ちの挨拶を済ませる。後ろにユースリスさんがいたから、教会でなんとなく隠してしまった”魔物を殺して回る”という野望は姉ちゃんには言えずじまいだった。
いつも通っていた山道。初めて意思のある生き物を殺す凶器にした堅い枝。名前も分からないまま飛び立っていった黄色い鳥。遠くに見える別の山、もう誰も登ることのない登山道。
いつも何気なく目にしていた景色が、冷たく濁った別の何かに見える。昨日はあんなに眩しく見えた空は、僕の行く末を暗示するかのように曇り翳った灰色に覆われていた。
カインさん、レンさんと合流し、まずは町を離れ、冒険者さんが依頼を受けていたという都市へ向かうことになった。
「セツナ、無事に挨拶はできた?」
「ものの数十分で教会から歩けるほど回復するなんて、案外、心の傷もなんとかなるもんだね」
「ユースリスさんのおかげで出来ました」
「私は何もしていない。そもそも魔物が湧かないだろここは」
カインさんとレンさんが声をかけてくれて、ユースリスさんは周りを見ながらその会話に参加する。彼らはそうやって旅してきたのだろう。
「行きの時も思ったんだけどさ、ここらの木の枝って異常に堅いよね」
「またカインは枝拾ってきて振り回して…もう大人でしょアタシたち」
「うわ、母さんとおんなじこと言ってるよ」
「あんたのお母さんといえばさ…」
話を聞いてほぼ確信したが、この3人は同じ村で生まれ育ったようだ。はっきり言って、内輪ノリ…というかついていけない話が多く居心地が悪い。
常識のない僕に教えるように自慢していたのだが、異能を扱えるカイン、弓で狙撃するユースリス、いざという時に治療できるレンの3人パーティは大抵のことに対応できる何でも屋として、冒険者協会ではAランクに昇格したばかりだと話していた。
ちなみにだが、評価はC、B、A、Sの4段階のようで、そう聞くと上位の冒険者だからすごい人たちなのだろう。正直、戦う姿を見ていないから分からないものは分からない。
夜になり、野宿を始める。カインさんとレンさんが寝てしまい、終始不機嫌そうな顔のユースリスさんだけが起きていた。
「まだ寝ないのか?明日も早いぞ」
「…なぜか、体は疲れてるのに寝れないんです」
「たまにあるよな、私もそんな時がある」
ユースリスさんは僕と話す時だけ、少しだけ表情が和らいだ。でもその瞳だけは、僕の本音を知ろうと探り続けているような、そんな気がして落ち着かない。
「寝れないなら、今のうちにこの国についていろいろ教えてやろうか?」
「いいんですか?」
「こいつらが起きているときは話が脱線するからな。正直、会話に混ざれないだろ」
「…はい」
「正直でいいな。私もこいつらの馬鹿騒ぎにはついていけないんだ」
ユースリスさんは会話をするのが苦手な方なのかもしれない。でも教えるのは上手いようで、僕が質問をしても分かりやすく教えてくれた。
分かったことをまとめると、僕たちの住むこの大地は7つの地域に分かれているようだ。その中でも、
・僕の故郷があり、今野宿している
「大森林ファウスト」
・これから向かう、冒険者協会がある
「中央都市ヘミスフィア」
とりあえずこの2つは覚えておけ、と言われた。7つも言われても覚えられないと思っていたので助かる。
大森林ファウストは名前の通り森林地帯が広がった場所で、僕の住んでいた小さな町は小さい山に囲まれた田舎だったため存在すら知られていないようだった。他にも隠れ里のように人知れず人間が暮らしていた例はいくつかあったらしい。
一方、中央都市ヘミスフィアは言うなれば都会。平原の中に建てられた、人間が住むための都市。他の都市や街と交易し、外壁を守衛が守り続けることで何も無い平原でも安心して暮らせるようにしているようだ。
ちなみに外を守るのが守衛、中の治安を維持するのが警察であると教えてもらった。じゃあ酒を片手に町を歩いていた故郷の守衛は何をしてたんだと疑問に思ったが口には出さないでおいた。
「他に聞いておきたいことはないか?」
「とりあえずこれくらいで大丈夫です」
「そうか。...代わりになんだが、私が君に聞きたいことがある」
「...魔物についてですか?」
「そうだ。あの巨人をどうやって倒したのかを細かく教えて欲しい」
遅かれ早かれ聞かれると思っていた。僕の家も、家族も奪ったあの魔物のこと。奴がなぜ僕を狙ったのか、それも調べなければならないことの一つだろう。
ユースリスさんには正直に話した。一縷の望みにかけて、手がかりを求めて。
「...なるほど」
そう言ってユースリスさんは静かに考え込む。
「枕元に置かれた手紙...音もなく現れた...突然動きが遅く...?」
そんなことを口走りながら、彼はじっと焚き火を見つめる。
僕が口を出せる様子じゃなかったため、彼を一人にするのも兼ねて先に睡眠をとることにした。
家で姉が夕飯が出てくるのを待っていた。
台所に向かうと既に料理は出来上がっていた。「これでいいか」とお盆に載せ、居間へと持って行く。廊下を1歩ずつ進んでいき、部屋の前で向き直すと姉の顔が目に入る。
目が合った。あの時と同じ顔。無機質な表情を浮かべて、しかし唇だけは揺れる。
「セツナが死ねばよかったのに」
同時、僕の家は押し潰された。
数々の瓦礫は僕の体の自由を奪い、両脚の神経からは激痛のみが運ばれる。腹を貫く杭のような柱は、内臓を引っ掻き回して無造作に突き出ていた。
「ぁ...っ」
声も掠れたものしか出ない。しかし眼だけは不自然なほどよく動くもので、見えてしまう。
あの巨人の、圧殺を強制する拳が。
体に走る衝撃とともに、僕の意識は覚醒した。
「大丈夫?すごいうなされてたよ?」
レンさんの声。あぁそうか、夢だったんだな。
夢でよかった、なんて口に出せる訳が無い。僕は姉にあの苦しみと恐怖を押し付けてのうのうと生きている。それは、許されてはいけない。
だから、この苦しみは背負わなくてはならないものだ。
「いえ、なんでもないです。レンさんも気にしないでください」