常識の外
当初、このクエストを受けた時にはあまりにも報酬が釣り合わないと思った。
「カインさん、ユースリスさん、レンさん。偵察の任務を引き受けてくれませんか?」
カインもレンも「別に戦うわけでもなく見回るだけでしょ?」と楽観的な態度。事実、とある魔物の封印がちゃんとされているか確認するというだけで、危険な内容ではない。だが受注した際に言われた一言。
「目的地に住んでいる家族と常に行動してください。決してあなたたち3人だけで行動をしないこと。また、このクエストは内密にお願いします」
協会側は既に封印された魔物をなぜそこまで警戒するのだろうか。そこがずっと引っかかるのだ。
例の目的地、その山の近くに町がある。なんの変哲もない、どこにでもあるような町。住民に、おかしな行動を取る気配もない。このパーティ唯一の女性であるレンを口説こうとする男性がいたが、その妻と思われる方が強制的に連れて帰った。
「レンを取ろうなんざ100年早いわ!僕のレンだぞ!」
カインがそう言って追っ払っていた。
「カインのものじゃないです〜、勝手に所有権を主張しないでくださ〜い」
「何!?まさかお前、ユースリスと…?」
「な訳ないだろ」
つい口を出してしまった。こうやって喋った時は大概、
「アタシ実は、ユースリスと…ね」
「レン、お前も悪ふざけするんじゃない。ほら見ろ、パーティのアイドルが付き合った疑惑だけでカインが涙目だぞ」
「うぅ…ユースリスならいい奴だからな…」
「めんどくせぇ…」
もっと絡まれるのである。話を切り上げ、今日泊まる宿を見つけるためにいつもより早く歩く。
布団に入り、この町についての情報を頭の中で整理する。
これは断言できる。この町は異常だ。
そう言い切れる理由は2つ。ひとつは魔物への対処だ。本来、どんな地域や国にも魔物は存在しており、町の守衛はそれが被害を出さないように戦う職である。そのはずなのだが──
「とても戦闘をする者とは思えない」
普段前衛を任せているカインと比較すると尚更際立つ、腹に無駄な脂肪がある一方でまともに剣を扱える人間とは思えない手。
極めつけは守衛の配置された場所で、町の中央付近に滞在しているのだ。
「彼らは私たちでいうところの警察だ。では魔物はどうしている...?」
もう一つの理由は、教会で話された『家族』についてである。
目的地に住む家族、町の外で暮らすこと自体は私たちの住む中央都市でも聞く。
だがそうする理由はおおよそ2パターン。町からの追放を受けた人物か、自身の安全を確実に守れる人物かである。
後者に当たるのが私たち冒険者であって、決して子供だけで暮らせるような環境じゃないはずだ。それができる姉弟とは一体...?
「ダメだ、疑問しか湧かない。寝れん」
仕方なく起き上がり、夜風に当たろうと外へ出る。月が出ていて、暗いながらも少しは周囲が見える。そこで気づく。不自然な黒が山の隣にそびえている。動く。
──地面が揺れる。
今回のクエストの目的はあいつだろうかと思ってしまい、そしてすぐにその考えを否定したくなった。だって、それは、
「封印されてないじゃないか...」
冒険者協会が危惧するほどの怪物。封印されている前提のクエストだったはずなのに、その前提が壊れたのであればもう手が付けられるわけがない。
まずはカインとレンを起こして、住民の避難誘導だ。あの魔物...考えたくないが知性をもった魔物、「魔族」の可能性もある。とすれば...
「命が残れば奇跡だろうな...」
必要なことは終わらせたつもりだ。あとはあの怪物をどうにか足止めできれば、私たちのできることは全てやったと言えるだろう。もっとも、死ににいくようなものだから言う相手がいないのだが。
そうやって現実逃避のような皮肉を思いつく。横に並ぶカインにふざけた態度は微塵も感じられず、後ろからついてくるレンは目が死んでいる。昔のように泣き出さなくなったのは彼女の成長なのか、既に諦めがついたのかぱっと見では分からない。
「…お前たち」
「…どうした、ユースリス」
「…」
「…俺が指示をしたら、町まで逃げろ。私は一か八か、山に住む『家族』に会いに行ってみる」
「却下だ。僕が会いに行く」
「アタシなら持ち前の可愛さでその『家族』…?に受け入れられるかもじゃん?アタシが行くよ」
「…3人でいくか」
「分かった」
「最後まで一緒だよ」
この町は異常だ。その理由は2つ。
ひとつは、大木を根こそぎ持ち上げて投げられるような化け物。これの出現したであろう場所と町のちょうど中間に『家族』が住んでいたこと。
家が全壊し死者も出ているところをみるに、防衛能力が無かったのではないか。もしそうなら彼らは町の囮としか思えない。
そしてもう一つは、
「ひどい状態よ!今すぐ応急処置をするわ!カインとユースリスは担架を探してきて!急いで!!」
その化け物が死に絶えており、10代の少年が生き残っている事実である。
現実味がない現実をこの目で確かめる。
ひしゃげた少年の両足。彼の手に握られた木の枝。それが向く方向に、倒れている巨体。
右目のある箇所と、右耳の穴へ深々と刺さった枝。右耳に関してはその周辺にも数本の枝が突き刺さっている。長さは分からないものの、おそらく何本かは脳まで達している。耳の穴から赤のほかに黄色の液体が漏れ出していることがそれを裏付ける。
だがこれが致命傷ではない。この巨体にはもっと目立つ傷が深々と刻まれていた。
「上半身と下半身が分断されている...。この場で何が起きたんだ...?」
...あまり見ていたいものではない。少年の消えかかった命を救うために、走り出す。
仕事を終え、『家族』の住んでいたもはや跡形もない家に帰ってきた。
「…?これは…」
黒い紙切れ?ひとりでに動いているように見える。村の方向。明らかに異質なそれを拾わなければいけない気がして。
そう思うことになんの違和感も持たずに村へ持ち帰ることにした。