3,怒りのバークレイ
セレーネ視点に戻りました。
セイは何も言わずに聞いてくれた。質問攻めにしてくるわけでもなく、適当に返事をするわけでもなく、私の手を離すまいとずっと握っていてくれた。
戦闘で敵なしと言われるくらいの腕とはいえ、私だってちゃんとした女の子なのだ。自分でも気付かないくらいに少しずつ蓄積していったダメージは大きくなっていた。時折「うん」と相槌を打ってくれるセイの少し低い優しい声に涙が溢れそうになるがここで泣いたら何も話せなくなる。
容姿を気持ち悪いと言われたこと、王妃と婚約者に暴力を振るわれたこと、男爵家に馬鹿にされ続けたこと、13歳から16歳まで学園にいなければいけないのに周りの、関係ない人からも馬鹿にされて家に迷惑がかかっているのではないかと思うこと。そして、公衆の面前でやってもいないいじめの罪を言い渡されて婚約破棄をすると言われてしまったこと。自分の不満を全部晒した。全部話し終わった後、セイは私をその腕に閉じ込めて、抱きしめてくれた。
「セレーネ。今までたった1人でよく頑張ってきたね。もう、家に迷惑かけるとかそんなの考えないで休んで良いんだよ。1人で親に言うのが怖ければ僕も一緒にいるから。大丈夫。セレーネは1人じゃない。セレーネを大切に思う人はちゃんといる。……僕だってその1人だ」
苦しいくらいに抱きしめられる。最後の、「僕だってその1人だ」という言葉で今まで堪えていた涙がダムが決壊したように溢れて止まらなくなった。自分の腕をその背中に回して声を上げて泣いた。いつぶりだろう。こんな風に感情を露わにして泣くのは。
しばらく泣いた後、私は日々の疲れか、緊張が解けたからか、糸がプツリと切れたように意識を失った。
「ん……ここは、どこ?」
目を覚ました私は寝ぼけ眼で視覚情報を手に入れようと頑張った。
「セレーネ、おはよう。ここはバークレイ公爵邸の客室だよ。部屋に運ぶことも考えたけど流石に申し訳ないから客室に運ばせてもらった。ロルフは居間でセレーネの家族と会議中だ。セレーネが目を覚ましたら呼びにくるように言われたから呼んでくるね」
「……やだ。そば、もう少しいて。無理なら連れて行って」
こんな風に我儘を言ったことはなかったが人は体が弱ると心まで弱るのだ。許してほしい。
「じゃあ大人しくしててね」
その言葉に私が頷いたことをセイが確認したと思った瞬間、私の体は宙に浮いていた。
「ーーっー!?」
大人しくすると言った手前、ジタバタするわけにはいかない。かと言って真っ直ぐ居間に向かって歩くセイに下ろしてくれとも言えない。
「セレーネ、ちゃんと捕まっててね」
「……はい」
観念した。もうこのまま居間に行こう
「「セレーネっ!」」
「お姉様!」
居間に着くと、真っ青な顔をした家族と対面した。
「迷惑かけてごめんなさい」
本当に。
「セレーネ、当時のことはロルフから聞いた。だが、セレーネ本人の口から何があったのか聞きたい。迷惑かけるとかそんなことは考えなくて良い」
お父様が比較的穏やかな口調で、しかし怒気を孕んだ声で言った。
「わかりました」
私は話し始めた。セイに話したことをまた。
全員の視線が私に集まる。1人だったらきっと無駄に焦って話せなくなっていたかもしれない。
でも違う。私は1人じゃない。ずっと好きだったセイがいる。きっと大丈夫。絶対わかってもらえる。だって家族みんな、私のことを愛してくれているから。
話し終わった瞬間、居間の窓ガラスが吹き飛んだ。
お父様のオーラで割れたのだ。
緊急帰国してくれていたカイリお兄様も太ももに置いた拳を蒼くなるくらいに握りしめている。立ち上がりそうになるのを必死に堪えるように。
お母様と妹のティアは座っているのに今にも倒れてしまいそうだ。
置いてある魔道具は砕け散った。ハルイお兄様は表情はさほど変わっていないが内側に隠している怒りは相当なものだろう。
ロルフは最早殺気を隠そうともしていない。
「そうか…。やはりセレーネ自身も嫌がっていたし無理を押し通してでも婚約を断っておけばよかったな。セレーネ、今まですまなかった。婚約を決めた私が馬鹿だったようだ。この件については破棄する方向に向かわせる。ただ、公衆の面前で婚約破棄を告げるのは如何なものかと思うな。わかりやすい証拠品があればこちらで国王に抗議するがあるか?」
「一応、あります」
私は証拠をコツコツ貯めていた。私は記憶を映像化し、水晶に映し出すことができるから部屋に置いてある水晶に度々記録していたのだ。
私は一度部屋に戻り、水晶を持ってお父様に渡した。王妃と婚約者の怒声、男爵令嬢の甘ったるい声、口々に言われる陰口、私の謝罪。全部記録されている。
「……………」
訪れる静寂。最初に口を開いたのはカイリお兄様だった。
「これで王家を脅せば良い。他国にまでばら撒かれたくなければ婚約を破棄しろ、と。無駄にプライドが高い王家は謝罪の言葉など嘘でも出てこないだろうしこの国を捨てることも視野に入れる。幸い俺はティアバルト王国の王女と婚約しているんだ。新居候補地などいくらでもある。セレーネはそれまで登校も登城も控えること」
「わかりました」
ティアバルト王国とは隣国の名前。因みにこの国は王族の姓に則ってウィルバイツ王国と名付けられている。まあそんなことはどうだって良いが。
私は未だ怒りを抑えきれていない男衆に水晶を託して部屋に戻った。
「セレーネ、あのセイって奴昔会った男だよな。本名はアレクセイ・ウィルバイツだろ。王族だけど本当に良いのか?あいつは悪い奴じゃない。それはわかっているが一応聞いておきたい」
ロルフが念の為か犬の姿で聞いてくる。私のベッドの上で寛いでいる姿はペットのようだ。
「うん。セイはずっと好きだったから。それに、今回の件についても助力してくれるって言ってたしハルイお兄様は昔遊んでたときに会ってるからセイを知ってる。セイは信用に足る人間の1人だよ」
「そうか。セレーネがそう言うなら俺は何も言わない」
その日はロルフの暖かいふわふわの毛に顔を埋めてぐっすり寝た。
今回の登場人物
・セレーネ・バークレイ(13)
・アレクセイ・ウィルバイツ(14)
・ロルフ
・お父様
・お母様
・ハルイ・バークレイ(18)
・カイリ・バークレイ(15)
・ティア・バークレイ(12)