19,破滅への道 ウィルバイツ王国side
セレーネの祖国、ウィルバイツ王国sideを第三者視点から書きました。
ウィルバイツ王国、王宮の一室にて。第一王子のハルトナイツ・ウィルバイツは男爵令嬢パルレラの腰を抱き、アレクセイがいなくなったことで王位が確定したからか、満足そうな笑みを浮かべていた。それはパルレラも同じ。婚約者となり、自分が王妃になると信じて疑わない。
最初からパルレラは王妃の座を狙っていた。だから既に婚約者だったセレーネが邪魔になる。冤罪とともに国外に追放できて嬉しそうだ。
だが、2人には問題があった。
竜の加護を知らないこと。セレーネ達公爵家の請け負っていた仕事の内容がわからないこと。魔鉱石の鉱山を所有している者が誰かを忘れたこと。自国の恥を他国に晒していることに気づいていないこと。などなど多岐にわたる。
大変な事になったとも知らず、呑気にお茶をしている。
コンコンコン
広い部屋に乾いたノックの音が響く。セレーネがいたときは常に苛立っていたハルトナイツは今日は機嫌が良かった。
「入れ」
心なしか声もワントーン高くなっている。そんな2人の幸せを打ち砕く報告が待っているとも知らずに。
「殿下、緊急事態につき、国王陛下がお呼びです」
ハルトナイツの昂っていた気持ちは一瞬にして冷めた。
「緊急事態だと?大袈裟なことを言うな。パルレラはまだセレーネにつけられた心の傷が癒えていないんだ。お前の戯言に付き合っている暇などない」
ハルトナイツはそう告げて報告に来た王宮勤めの文官を追い出した。
戯言。大袈裟。
そんな風に言っておきながら、ハルトナイツ自身、ウィルバイツ王国に迫る危機と異変に気付きつつあった。ただ、それに向き合おうとしていないだけで。
異変その1、魔物の数が増えた。既に国境付近の村の幾つかは落ちていて王国中を覆っていた結界も綻び始めている。
異変その2、今までなら治っていた病気や怪我が治りにくくなった。最近では不治の病と化してきているものもある。
異変その3、街が暗くなった。王宮の部屋の明かりも日に日に暗くなってきている。
まあこんな風に異変は挙げればキリがない。そしてその異変はハルトナイツ達がバークレイ公爵家を追放してからだというのも皆感じつつある。
まず、結界はバークレイ領内はセレーネが張っていたが国を覆うものは白竜の加護を受けたカイリとティアがやっていた。術者がいなくなったら綻びるのは当然。
結界の中にいれば病気も怪我も治りが早かった。2人の浄化魔法もあり、魔物に襲われて怪我を負う者も殆どいなかった。鉱山から採れる魔鉱石は明かりを灯す役割も担っていた。今まで当然のようにあったものが突発的に全てなくなったら民は混乱する。それが巡り巡って国の滅亡にもつながる。
だが、バークレイを陥れた本人達に後悔の色は見られない。悪いことをしたから当然だと主張を続けていた。
最終的に婚約破棄を認めざるを得なかった国王も馬鹿ではない。このままいったら国がどうなるか、民がどうなるかはわかっていた。そして、結界を張っているのは誰かというのも知っていた。
臣下だが、国に1つしかない公爵家を蔑ろにするべきではなかったと、後悔もしていた。
まずは呼び出しに応じなかったハルトナイツの部屋に行き、婚約破棄をパーティーの場でし、撤回ができなくなった責任を問うつもりだった。
「ハルトナイツ、まずは呼び出しに応じなかった理由を聞こうか」
彼に特別な理由があったとも思えない。
「緊急事態など起こっていませんよ。パルレラは特別な少女でした。バークレイが張っていたと主張していた結界も全てパルレラが張っていたそうではないですか。それに浄化魔法も使えるそうですしセレーネよりパルレラと婚約した方が国のためですよ」
「馬鹿なことを言うなっ!結界を張っていたのは正真正銘バークレイの者だ!現状彼らがいなくなったことで魔物の被害も目に見えて増えた。
ティア・バークレイとカイリ・バークレイは王家が保管する文献に記されている伝説の聖者と同等かそれ以上の力を持っているんだ。そんな結界を成り上がりの男爵家にできるはずがない」
「そ、それでは父上はセレーネの味方をするのですか!?母上も言っていたではありませんか!セレーネは不吉な容姿を持っていて王家に相応しくないと」
ハルトナイツは尚も信じない。
「文献を読んだのだ。黒は不吉な色ではなく、竜に愛されている証だと。彼女の容姿は黒竜に愛されている証拠だ」
黒竜。闇の属性。闇の属性=呪い。呪い=不吉。
ハルトナイツの頭の中ではそんな風に解釈された。そして勝ちを確信した。
「それなら尚更セレーネは相応しくないでしょう!結局不吉であることに変わりはない!」
「何を言っているんだお前は…。彼女がかけられるものはバナナの皮に転ばされるとか食事のときに舌を噛むとかその程度だ。1日しかもたないそれは呪いと言っても良いのか迷うくらいのラインだ。子供の悪戯でもできる。そんなこと以上に彼女の持つ能力は大きかったのだ」
「ど、どういうことですか…?」
ハルトナイツは状況が理解できていない。呪いなのに不吉ではない。どういうことか。
「彼女は拒絶魔法と幻影魔法、解析魔法を使える。解析魔法、これは上位魔法で王宮の魔術師団と呼ばれる組織の中で1人いれば凄いというくらいのレア魔法だ。
拒絶魔法は彼女とその兄ハルイ、黒竜しか持っていない魔法だ。幻影魔法は彼女の完全オリジナル。これらの魔法は使い方さえ間違えなければ便利なものだ。
彼女は不吉でも疫病神でもなかった。黙認していた私にも非はあるがお前はあろうことか王妃と結託して暴言暴行を行っていたなど…!もうこの国は終わりだ。
貴族、そして妻とお前の醜態は各国の要人にばら撒かれている。お前がバークレイに着せた偽りの罪をあの夜会で肯定した瞬間に、だ。彼らはお前が思っている以上に怒りを抑えていた。
あの程度で済んだことを感謝するんだな。
彼女ならこの国丸ごと焼き払えるのだから」
「なっ…!夜会って…」
ハルトナイツはもはや言葉も紡げなかった。あの時義弟は確認した。嘘偽りがないか、と。自分は何と答えた…?
「あるわけない」
そう答えなかったか…?
「あっ…ああ……!」
ハルトナイツは頭を抱えて膝から崩れ落ちた。艶のあった髪は魔鉱石で保っていたためなくなった今、少しずつ傷み始めている。
「ハルトナイツ。アレクセイがいなくなった今、兄弟のいない私はお前を廃嫡にすることはできない。私は王位を捨てる。お前がこの国を建て直せ。最も、お前の性格とこの国の現状じゃ難しいだろうがな」
一瞬、言っている意味がわからなかった。廃嫡にされなかったことに安堵したのも束の間だった。自分1人で混乱しきった国を建て直すなど無理だ。
「パルレラ男爵令嬢、彼女は特別なのだろう?婚約者だったセレーネ公爵令嬢を陥れて婚約破棄をするくらいの価値があるのだと言ったな。2人がいれば大丈夫だろう」
「っ…!」
ハルトナイツは言葉に詰まる。結界はパルレラのでっちあげ。いじめについても同様に。ハルトナイツはそれを知っていながらセレーネと離れたいがために加担していたのだ。
「それでは」
その言葉を最後に、国王は王妃と共に姿を消した。
後に残されたのは絶望感に覆われたかつての見目麗しい王子だけだった。
今回の登場人物
・ハルトナイツ・ウィルバイツ
・パルレラ
・ウィルバイツ王国国王