12,決意 氷竜side
「冷徹で冷酷な人型の生物」「気に入らなければ氷漬けにして殺す凶暴な生物」「血を見ること、人の悲鳴が好きなクレイジードラゴン」
ボクは人間たちからそう言われ、恐れられていた。あまり付き合いが得意ではなく、人前に出ることはなかったが、物語の悪役として度々登場することは知っていた。
人間はボクを幻の存在だと伝え続け、もし見つけても近づいてはいけないと自身の子供に警戒を促していた。伝承でボクはずっと悪役だった。だから今までも伝承の通りに振る舞った。これからも、そうするつもりだった。
でも、凄く寂しくて、孤独で、独りぼっちのボクは毎日生まれたことを後悔していた。明日が来なければ良いのに、生きてる意味なんてない、そんなことを考える日々は楽しいものではなかった。
そんな時、変わった少女の噂を聞いた。
6歳で上位魔物を倒し、従者にした。黒竜からの加護を受けていてあらゆる上位魔法をバンバン使う。常に青年のような格好をしている貴族令嬢。
少しだけ興味が湧いた。だから黒竜の加護がある地に訪れた。そこでボクは彼女の名前を知った。セレーネ・バークレイというそうだ。
グレーの髪の青年を連れているが彼がその魔物だろう。その隣は誰だろうか。わからないがどうでも良い。
何か、水晶のような物を覗き込んでいる。
楽しそうだ。もう少しだけここに居たい。楽しそうな人を見るのは苦しい。でも、離れられなかった。足が固まったように動かない。
(とても凶暴だと伝承されている。何でも、気に入らない人間は氷漬けにして殺してしまうんだとか。まあ、百聞は一見にしかず。会ってみないとわからないこともある。それに攻撃するには理由があるはずだ。自分の身に危険を感じたり、大切な仲間が傷つけられたりすれば野生動物も攻撃する。それと同じだろう)
頭に知らない人の声が流れ込んできた。多分彼女の声。ボクについても伝承を知っていた。でも彼女は…伝承を、噂を信じなかった。
氷竜への先入観を捨て去った彼女はとても眩しく見えた。
会ってみないとわからないこともある。彼女は、セレーネはそう言った。
それにしてもボクが野生動物、か。ボクは人に直接危害を加えたことはないがもしも囚われそうになったなら、きっと持てる力を使って最大限、抵抗するだろう。それを凶暴だと言われなかった。当たり前のことだ、と。
ボクはそんな彼女に対して恋に落ちた。我ながらチョロすぎる。彼女はボクに会ってもきっと否定したりしない。
機会を見つけた。セレーネは建物転移で自身の力を使い、疲労から寝てしまっていた。
夢の中で干渉すれば、上手くいけば話すことができる。
ボクはその日のうちにセレーネの精神に干渉した。精神干渉はあまり良くないとはわかっているけれどそれでも一度話してみたかった。
『へぇ、死なないんだ。人間ならここまで熱が上がれば死ぬのに』
素直に感心した。40度以上の熱が出ているにも関わらず、セレーネは自分の意思で物を考えていた。
(どういうことだ?私は人間だ。ただ、竜の加護があるだけの普通の人間だ。何なんだこの声は。どこかで聞いたことがあるような、ないような)
セレーネがボクの声を朧げながらも覚えていてくれた。その事実だけでボクは嬉しかった。
『ボクは伝承ではずっと凶暴だって言われてた。本当のボクは凄く臆病者なのに』
ボクはついに、誰にも話すことのなかった自分の不満を晒した。おかしいとは思っている。だってセレーネを熱で苦しめているのは他でもないボクだ。でもセレーネは怒らなかった。
(君は臆病者じゃない。だって今の言葉から察するに、君は人間があまり得意じゃない。それなのに私に接触してきた。この煩わしい熱がもし君の仕業だとしても私は許すよ。凄く勇気を振り絞ってくれたんだよね)
泣きそうになった。なぜこんな暖かい言葉が言えるのだろうか。
『ありがとう。そう言ってくれるのはキミだけだよ。セレーネ。ボクが幻の存在だって言われてるのを良いことに、皆好き勝手に言ってあの時、本当のボクは死んだ。でも、あの時野生動物と同じだと言われた。キミはボクを噂通りに解釈しないでくれた。セレーネ、ボクと一緒にいてよ。自分らしくいられるような気がするんだ。ねぇ。ボク、セレーネが好きだよ。ボクと結婚しよ』
自分で言って訳がわからなくなった。その瞬間、精神干渉が切れてしまった。
「私はセイと結婚するって決めているんです!」
振られてしまった。でも、あの時に困惑しながらも気持ちを伝えてくれた。あり得ない、気持ち悪い、そんなことは言われなかった。振られたけれど、大きなショックは受けなかった。
その後、夢の中ではなく、現実で叫んだことを知ったセレーネは凄く恥ずかしそうに顔を手で覆っていた。これからも、彼女はボクが側にいることを許してくれるだろうか。もし許してくれるならこの命を捧げよう。一生キミに従うよ。
だから、どうか――
今回の登場人物
・氷竜