アレキサイミアの命題~愛を知らない僕が、クラスの女子に罰ゲーム告白を受けたなら〜
愛――って、何だろう。
ある日の僕はソクラテスにでも成り切る様に、その命題へと取り組んだ。愛、親愛、友愛――親が子に向ける情を愛と呼ぶならば、僕はそれを確かに甘受していたのだろう。昨今、親から子の虐待が珍しくない世の中で、僕はスクスクと育ち、竹が育つ様にとは言わないまでも、背だって立派に伸びていた。
学業に於いて――僕は友人関係に恵まれているとは言えないかも知れない。それでも不都合を感じる程では無いが。他人から受ける気遣いを友愛と呼ぶならば、僕はそれを受けた事がある。
知らないのは一つだけ。異性へと向ける愛。恋愛というものを僕はまだ知らなかった。映画、ドラマ、小説――熱に浮かされた様に愛を題材とした作品は多い。思春期に誰しもが罹る麻疹か。まるで共感出来ない僕は世俗から取り残された感覚を覚えてしまう。自らが受け取った事のないものを認知するなんて出来ない。それが僕の言い分であり悩みであった。愛。恋愛。他人を想う無償の愛――本当にそれらは存在するのだろうか? 僕は些か懐疑的となっていた。
「――好きです。付き合って下さい」
呼び出された先で受けた告白。同級生の女子からの言葉に、僕は彼女を疑った。「何故」と言ったのを覚えている。「何故自分なのか」僕と彼女は接点が薄い。クラスの中でも人気者で通っている筈の彼女が、何故自身より劣る者に告白するのか、僕には理解が出来なかった。
「理由なんて必要――……?」
さぁ、それすらも僕には分からない。けれど秀才な彼女が言うならば、きっと多分、間違っているのは僕の方なのだろう。謝罪をしつつ、僕はそれを了承した。付き合うという事の意味は分からなかったが、人を愛するには必要な契約なのだろうと察したからだ。「嬉しい」と言って笑う彼女。その微笑みの意味も僕には分からない。
◆
契約から数日後。交換したメールアドレスから連絡が来た。『でーと』とやらのお誘いである。ただ一緒に遊ぶのと何が違うのだろうか。僕は首を捻りながらも彼女と待ち合わせた駅ビルの中へと入っていく。指定された場所へと時間ピッタリに辿り着いた僕だったが、未だ彼女は現れない。丁度良いので愛について考えを巡らせていると、彼女は待ち合わせから2時間遅れてその場へと姿を現した。
「ごめん」
短く謝る彼女へと、僕なりに勉強した作法に則り「今来たところ」と返事を返す。目を丸くして驚く彼女。何か失敗をしただろうか? 心配をした時にはもう彼女は歩き出していた。それから一日を掛けて彼女と遊んだが『でーと』の意味は終ぞ理解する事は出来なかった。
◆
彼女と契約して、一週間が経った時である。いつぞやの告白と同じく校舎裏へと呼び出された僕は、またもや一人で彼女を待つ。約束の時間から30分遅れ、姿を見せた彼女は僕へと「ごめん」と謝った。続いてこの場へと現れたのは、同じクラスの男女数人。彼等は景気の良い笑みを浮かべながら、僕を「お疲れ様」と言って労ってくる。
首を傾げる僕。「察しが悪い」と笑う彼等。僕には彼等の感情が分からない。気不味い表情を浮かべつつ「そういう事だから」と彼女は歯切れが悪く、曖昧な事を僕に言った。
話しの流れは分からぬが、どうやら"契約"は終わりらしい。僕は彼女へと「付き合ってくれて、ありがとう」と礼を言う。結局の所、愛が何かを知る事は出来なかったが、それとは別に時間を浪費してくれた彼女には礼を言うべきだろうと感じていたからだ。僕の言葉を聞き、目を見開く彼女。何か面白い事でも言っただろうか? 笑う周囲を置き去りにし、用が済んだ僕はその場を去る。
◆
愛とは何か――?
あれから一ヶ月が経った今でも、僕は自問を繰り返す。その答えは出ないと言うのに。
「あの、さ――」
放課後に声を掛けて来たのは何時ぞやの女子であった。あれから疎遠となり、彼女とは話をしていなかったので珍しいと僕は思う。
「時間……ある……?」
久しぶりの呼び出しだ。僕は彼女へと黙って頷くと、いつか待ち合わせた駅前のビルに集合する事を取り決めた。
◆
まだ来ていないだろうと思いながら、待ち合わせ時間ピッタリに目的地へと向かう僕。しかし、予想とは裏腹にそこには既に彼女が居た。「待たせた?」と、僕が尋ねると、彼女は嬉しそうに「今来たところ」と返答した。僕には彼女の気持ちが分からない。いつぞやの『でーと』を再現する様に、彼女は僕の手を引っ張った。繋いだ手は、驚く程に冷たくなっていた。
分からないというのは恐ろしい事だ。僕には彼女の考えが分からない。クリスマスが分からない。何故キリストの誕生日に男女が連れ立つのか関係性が分からない。飾られたイルミネーションを眺め「綺麗」だと呟く彼女。その感性をこそ美しいと僕は灰色の頭で考えた。
一通り遊んだ後、帰路に着こうとした僕の背に、彼女は「ごめん」とまた謝った。「何が?」と尋ねる僕。
「騙してごめん」と、彼女は言った。
騙すとはどういう事だろう。はてな、首を傾げる僕に対して、彼女は「やり直せないかな」と、弱々しくも言葉を続けた。やり直す。主語の無い言葉は理解し難いのだが、この時の僕は彼女が"契約"の事を言っているのだろうと、すぐに思い当たる。
僕は、彼女に「何故」と言った。
「私の事、嫌いになった?」
僕は首を横に振る。
嫌うも何も、僕は君の事を何も知らない。君だって、僕の事は何も知らない筈なのだ。
「僕の事が好きなの?」
彼女へと問うてみる。思い、悩みながら真剣に「分からない」と彼女は言った。
「分からないから、知りたいの」
ああ、成程。
その感情は理解が出来る。
握った手に熱が生まれる。冷たかった手も、今ではもう暖かい。初めて向き合った彼女の心。それに共感しながら、僕は静かに微笑を浮かべた。
【真なる知とは、己の無知を知ることである】
無知の知――ソクラテス。
愛とは何か。その答えは今でも僕の中には存在しない。きっとずっと――誰かと一緒に探していくものなのだろう。形の無い概念に想いを馳せながら、僕は彼女へと返事をした。
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