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第78話 イベント会場へ

「おはよう。悠くん」


 冬休みの初日はこの前の日曜日と変わらず、悠斗が起きる前に美羽が家に来ていた。

 この様子だと、冬休みの間は特に用事がない限り午前中に来るのだろう。

 嬉しいような、申し訳ないような気持ちで笑顔を向ける。


「おはよう。美羽」


 挨拶を返すと、昼食の準備をするのか美羽が立ち上がった。

 しかし予想に反してキッチンに向かわず、悠斗の傍へと来る。

 吸い込まれそうな程に大きく綺麗な瞳が、上目遣いで悠斗を見つめた。


「起きたばっかりで悪いんだけど、お願いがあるの」

「お願い? 何だ?」

「今日は食材をいっぱい買いたいから、買い物に付き合って欲しいなって。駄目かな?」


 首を傾げているが美羽の表情は沈んでおらず、ほんのりと眉を下げているだけだ。

 悠斗へのお願いを気に病まずにしてくれた事が嬉しくて、胸を弾ませつつ大きくうなずく。


「全然いいぞ。それなら早く起きるべきだったな」


 普段と同じように起きたせいで、もう昼前だ。間違いなくスーパーは混んでいる。

 事前に聞いていなかったので仕方なくはあるが、早起きすればよかった。

 頬を掻きつつ後悔すると、髪が広がるくらいに美羽が激しく首を振る。


「全然いいよ! 悠くんには寝てて欲しかったから!」

「……普通、こういう時は『昼まで寝るな!』って怒るところだと思うんだがな」


 美羽は丈一郎に合わせて早起きだと聞いており、悠斗の生活を許せないと思ったのだが違うらしい。

 とはいえ特に予定のない日は惰眠を貪るに限るので、変えるつもりはないのだが。

 妙に必死な美羽の態度に苦笑を落とすと、きょとんと首を傾げられた。


「休日にどんな生活をしようと、悠くんの自由だと思うんだけど」

「いや、そうだけどさぁ……。まあいいか」


 美羽の厚意に甘えるのは申し訳ないが、美羽がそう言うのであればこれ以上は何も言うまい。

 話を流すと、美羽がホッと溜息をついた。

 先程までの会話の中に美羽が安心する要素などあったかと首を捻りつつ、二階に上がり外出の準備を終える。


「それじゃあ早速行くとしますか。荷物持ちは任せてくれ」

「うん!」


 天真爛漫な笑顔の美羽と共に、近くのスーパーへと向かった。

 予想通り店内は昼時で混みあっており、レジには長蛇の列が出来ている。

 買うだけでも時間が掛かりそうだなとひっそりと苦笑しつつ、かごを二つ持って美羽の隣に並んだ。


「にしても、そんなに買う物があったのか?」


 最近美羽が買い物袋を提げている姿は見ていないが、こまめに買い物をしているのは知っている。

 なので、悠斗が手を貸さなければいけない程の買い物があるようには思えない。

 もちろん買い物に行くのは構わないし、むしろ望むところなのだが、それでも疑問が浮かんだ。


「折角クリスマスなんだもん。こういう日くらいは豪華にいかないとね」


 目を細めた柔らかい微笑みをしながら、美羽が籠に食材を放り込んでいく。

 白菜、長ネギ、豆腐に豚肉と一貫性がないように思えるが、ふと何の料理なのか思いついた。


「もしかして鍋か?」

「せーかい。まあ、昨日食べた料理と比べたら豪華とは言えないけど……」


 綾香の家で食べた料理を思い出して、美羽がしゅんと肩を落とす。


「あれは例外中の例外だ。比べても良い事ないぞ」


 そもそも生活基準が違うのだから、比べるだけ無駄だ。

 蓮や綾香と壁を作りたい訳ではないが、どうにもならない事はある。


「それに、美羽の料理は高級料理とは違った美味さがあるんだ。期待してるからな」


 高級食材を使った料理は確かに美味しい。けれど、悠斗にとって慣れ親しんだ味は美羽のものなのだ。

 悲観する必要などないと励ませば、くすぐったそうにはしばみ色の双眸そうぼうが細まる。


「ふふ、なら腕に縒りを掛けて作らないとね!」

「その調子だ。にしても鍋は有り難いな」

「どうして? もしかして鍋が好きだった?」

 

 美羽がきょとんと無垢な表情で首を傾げた。

 今まで鍋は一度も出していなかったので、もっと早くに出せば良かったかと思っているのだろう。

 確かに鍋は食材を選べば安く作れそうだが、普段から作って欲しくて言った訳ではない。

 目を細めつつ首を振る。


「今日は夜に出掛けるだろ? 冷えた体に温かいものはいいなと思ったんだ」

「そうだね。綺麗なところなの?」


 蜜を含めたような、とろりとした笑顔を美羽が浮かべる。

 嬉しさが溢れたかのような表情に、悠斗の心臓が僅かに跳ねた。


「さあ? 写真だと綺麗だったけど、実際に行った事はないから本当のところは分からんな」


 美羽を誘うのだから、何も知らないまま連れて行けはしない。

 連れて行ったはいいが、残念なものだったらあまりにも情けなさすぎる。なので、スマホで調査してはいたのだ。

 下見に行くべきだったかと渋面を作れば、溶けそうな程にふにゃりとした笑みを向けられた。


「ふふ、じゃあ私が初めてなんだぁ……」

「もし見応えがなかったらごめんな」

「大丈夫だよ。悠くんと一緒なら、どんな場所だって楽しめるから」


 にへらと溶けるように眉尻を下げ、幸せそうに笑う美羽が眩し過ぎる。

 先程から魅力的過ぎる笑みを向けられて、どんどん心臓の鼓動が早くなってきた。


「……そうか。まあ、期待はしないでくれ」

「ざーんねん。もう期待でいっぱいだよ」


 頬の赤みを見られたくなくてそっぽを向く悠斗を、くすくすと美羽が笑う。

 胸をくすぐるような笑みに、胸を掻き毟りたくなってしまうのだった。





 それから買い物を終え、家へと戻って昼食を摂る。

 日が暮れるにしたがって、期待からなのか美羽がそわそわとしだした。

 微笑ましく思いながら時間は過ぎていき、黒い幕が掛かった冬の空の中、悠斗の家を美羽と出る。


「忘れ物はないか? 今日は曇り空だし、一段と寒いぞ?」

「うん、大丈夫だよ。防寒着もばっちり」

「ならよし」


 しっかりと戸締りをして回れ右をすれば、おずおずと美羽が悠斗を見上げた。


「……ねえ悠くん。これから人が多いところに行くんだよね?」

「そうだな。クリスマスのイベント会場に行くんだから、人が少ないって事はないだろ」


 人混みは好きではないが、今回ばかりはそうも言ってられない。

 悠斗から提案したのだから、悠斗が愚痴を零すのだけは駄目だ。


「だったら、お願いがあるの」


 美羽が片方の手袋を外し、シミ一つない真っ白な手を悠斗へと差し出した。

 潤んだ瞳には期待するような、不安なような複雑な感情が込められているように見える。


「手を繋がない?」

「いや、いくら何でもそれは……」


 男女が手を繋ぐというのは特別な意味があるはずだ。そう簡単に出来るものではない。

 美羽の提案を渋ると、ほんのりと不満そうな目を向けられた。


「私は背が低いから一度逸れると大変だろうし、せっかくのお出掛けなんだから、合流する為に時間を使いたくないの」

「……それは、そうだが」

「もう暗いし、私たちが手を繋いでいても大勢の中の一人としか思われないよ。……悠くんが嫌なら止めるけど」


 (しぼ)んでいった言葉尻からは、無理強いはしないという意思が伝わってきた。

 残念そうに眉を下げる姿を見て、罪悪感という棘が胸に刺さる。

 こんな風におねだりされれば誰だって断れないと、ガシガシと頭を掻いた。


「……嫌じゃない。それじゃあ、行くか」

「うん!」


 絞りだすように小さく呟けば、美羽の顔が歓喜に彩られる。

 小さくほっそりとした手を握ると、思ったよりも強い力で握り返された。

 悠斗とは全く違う、女性らしい柔らかさを持った手に、心臓が早鐘を打ち始める。

 心臓の音が伝わらないようにと願いながら、ゆっくりと歩きだした。


「悠くんの手はやっぱり大きいねぇ。安心する」

「まあ、男の手だからな」

「それもあるけど、やっぱり悠くんだからかな」

「訳が分からん」


 信頼しきっているような声に、どう反応すればいいかなど分からない。

 短く悪態をつくが、それでも離さないとばかりに美羽が握る力を強める。


「イベント、楽しみだね」

「……そうだな」


 幸せなような、今すぐにでも逃げ出したくなるような気持ちを抱きつつ、寄り添いあって目的地に向かうのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 冬休みになって毎日悠斗が起きるより早く美羽が来るならもうお泊りしてもよさそうだけど。そのあたりは温泉行ってから吹っ切れるかな? 買い物に付き合うなら確かに早起き(というか普通の時間に)起…
[一言] もうただのカップルや…
[一言] もうこれ、告白シーンとかそう言うの要らないんじゃね?何か学生の恋愛じゃなくて性欲薄目の社会人の交際な気がする…。
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