第77話 クリスマスの提案
数々の料理を平らげ、こたつへ蓮と共にぐったりと体を預ける。
「腹いっぱいだ……」
「もう食えねぇ……」
元々美羽と綾香が小食な事もあり、後半からは男二人が頑張る事となった。
とはいえこういう場合は男の見せ場だと思うので、不満はない。
動く気すら起きずにじっとしている悠斗達を、微笑に申し訳なさを混ぜた綾香が見つめる。
「無理などせずに、残して良かったんですよ?」
「いや、彼女の家の料理を食べきれなくて、何が彼氏だっての」
「あんなに美味しい料理を残すなんて、罰が当たりますよ」
「……ありがとうございます」
恋人に強がってもらって嬉しかったのだろう。白い頬をほんのりと朱に染め、綾香が笑顔を浮かべた。
居心地悪そうにしながらも、空になった食器を重ねていく。
「では片付けは私に任せてくださいね」
「あ、私もやりますよ」
「ありがとうございます。お願いしますね」
「お願いします……」
「すまん、頼んだ……」
ダウンした男二人に美羽達が笑顔で頷き、華やかな会話をしながら大量の食器を運んでいった。
その姿に違和感を覚え、首を傾げる。
「片付けは自分でやるんだな」
「こういう時は別だけど、普段は割と自炊してるんだぞ。家族全員が忙しくて、綾香一人で食べる事も多いからな」
「へぇ……。綾香さんには悪いけど、そういうの全くしないと思ってた」
悠斗や美羽とは立場が違うのだ。身の回りの事は誰かにやらせていると思っていた。
とはいえ蓮は一人で殆どの事をしているので、おそらく二人の家の教育方針が似ているのだろう。
「後はまあ、花嫁修業ってやつだよ。いやぁ、彼氏冥利に尽きるねえ」
「……急に惚気るんじゃねえよ」
へらへらと緩みきった顔をしながらの恋人自慢に腹が立った。
こたつの中で軽く足を蹴るが、反撃とばかりに蹴り返される。
「そういう悠達も息ぴったりだったな。ずっと二人きりで飯を食べてるだけあるぜ」
「茶化すな。鬱陶しい」
「おー? 照れてんのかー?」
「うるさい」
指摘されて僅かに熱を持った頬を突かれ、苛立ちが沸き上がってくる。
仕返しに強く足を蹴ろうとするが、こたつから出て躱された。
腹の調子も忘れ、逃げた蓮を追いかける。
肩を軽く叩いたら叩き返されたので更に仕返しをすると、終わらない叩き合いになった。
そうして蓮とじゃれているうちに、片付けを終えた美羽と綾香が戻ってくる。
「おや、復活したみたいですね。でも、私にはそんな事してくれないんですよね……」
「……悠くんってあんな事もするんだ」
「「……」」
子供っぽい事をしている姿を美羽に見られ、無性に恥ずかしくなった。
蓮も同じ気持ちのようで、僅かに頬が赤くなっている。
蓮と共にこたつの中に戻ると、微笑ましそうな笑顔を綾香に向けられる。
「動けるようになったのでしたら、ゲームでもしませんか?」
「ゲームですか? まあ、いいですけど」
綾香がゲームを出来る事は既に分かっていた。しかし、高級感溢れる部屋の中でのゲームは違和感が凄まじい。
とはいえ折角四人で遊ぶ提案をしてくれたのだし、時間もたっぷりとある。
頷きを返すと、綾香が部屋の端にある棚からゲーム機を持ってきた。
「でしたら、パーティーゲームをしましょう!」
綾香が目を輝かせながら見せてきたのは、よくある大人数でのパーティーゲームだ。
悠斗の部屋にその系統の物がなかったからか、美羽が興味を目を向けている。
蓮も乗り気のようで綾香の準備を手伝っており、視線で助けが要るかと伝えたが首を振られた。
「よし、じゃあやりますか」
準備を終えて蓮が音頭を取り、全員がこたつに入りつつコントローラーを握る。
蓮が部屋の隅から移動してきた特大のテレビに、ゲーム画面が映し出された。
「そうだ。折角だし、罰ゲームでもするか」
「罰ゲームってまた物騒な……」
ゲームも一回目の終盤に差し掛かってきたタイミングで、唐突に蓮が提案してきた。
確かにこういうゲームには罰がつきものだとは思うが、下手をすると空気が悪くなってしまうだろう。
顔を顰めて難色を示すと、蓮がからりとした笑顔になる。
「もちろん常識の範囲で、罰ゲームを受ける側が本当に嫌だったら無しだ。どうだ?」
「私は構いませんよ」
「私もいいよ」
「……それならいいか」
心配していた美羽と綾香が納得したのなら、悠斗だけがあれこれと言えはしない。
そうして一位の人が四位の人に罰ゲームをする事になり、ゲームが終了した。
その結果――
「ああ、いいですね……。抱きしめがいがありますよ……」
「うぅ、何でこんな事に……」
綾香が恍惚とした表情で、膝に乗せている美羽に頬ずりする。
曰く、ずっとこうしてみたかったらしい。
美羽も抱きしめられるだけで害はないと判断したのか、拒否はしなかった。
「……どうせなら悠くんにして欲しかったなぁ」
「そういう言葉は反則ですよ! ああもう、本当に可愛らしいです!」
「ひっ! や、やめてー!」
美羽が何か呟いた瞬間に綾香の限界が来たのか、美羽を撫で回した。
じたばたと暴れて抵抗するが、綾香の腕からは逃げ出せていない。
「え、えへへ。可愛いですねぇ、ずっとこうしていたいですねぇ……」
「……なあ蓮、恋人があんな顔してていいのか?」
普段の清楚な姿からは想像も出来ないくらいの緩みきった、ともすればだらしのない笑みを綾香が浮かべている。
彼氏として何か言うべきではないかと尋ねても、蓮は面白いものを見るような目で二人のやり取りを見ているだけだ。
「まあいいじゃねえか。女子二人の絡みなんてご馳走だろ?」
「否定はしないがな。……うわぁ、もみくちゃにされてる」
美羽が何かする度に綾香が興奮していくせいで、体のあちこちを触られている。
ついに抵抗を諦めたようで、美羽は遠い目をしつつもされるがままになった。
その光景を眺めていると、満足したのか綾香がコントローラーを握る。
「さあ、もう一度やりましょうか!」
「……あの、その体勢で?」
「当然じゃないですか。さあ二回目ですよ」
「もう好きにしてください……」
途方に暮れたような声を出す美羽を少しだけ不憫に思いつつ、ゲームを再開するのだった。
「おいしかったぁ! ありがとうございました、綾香さん! 楽しかったです!」
「お世話になりました」
その後のパーティーゲームもなんだかんだで盛り上がり、気付けば普段美羽が帰る時間を過ぎていた。
わざわざ悠斗の家の前まで送ってくれた綾香に頭を下げると、にこやかな笑みを向けられる。
「いえいえ、私も楽しかったですよ。やはりお二人を誘って正解でした」
「綾香があんなにはしゃぐ事なんて殆どなかったからな。東雲、悠、ありがとな」
「もう! 蓮は余計な事を言わないでください!」
ゲームで一番はしゃいでいたのは綾香であり、こんな一面もあるのだと驚いたくらいだ。
蓮の言い分と以前美羽が言っていた事から察すると、やはり普段は気を張っているのだろう。
茶化されたことで頬を朱に染めた綾香が、蓮を軽く叩く。
へらりと頬を緩めた蓮が綾香の頭を撫でて慰めるので、胸やけしてしまいそうだ。
んんっと咳払いをし、蓮達へと笑いかける。
「それじゃあ蓮、綾香さん、おやすみなさい」
「おやすみなさい」
「おう、おやすみ。多分年明けに誘うからなー」
「来年また会いましょうねー」
高級車が去っていき、美羽と二人だけになった。
「……送るよ」
「うん」
家に招くにも時間が遅いので、美羽を送り届けなければならない。
美羽がほんの少しだけ残念そうな顔をしたのを見ないフリしつつ、東雲家へと足を向けた。
妙に気まずい雰囲気の中、先程のパーティーを思い返す。
「楽しかったな」
美羽もはしゃいでいたので、楽しんでいたのは分かっている。
おそらく、学校の友人に誘われた食事に行くよりかずっと良かったはずだ。
悠斗も、大人数でここまではしゃいだのは久しぶりだった。
だからなのか、冬の夜の空気に当てられてか、先程までの時間が名残惜しくなる。
「……うん」
美羽も同じ気持ちだったのか、ぽつりと呟かれた言葉には今日が終わるのを惜しむ気持ちがこもっていた。
「あんなに楽しく遊んだのは初めてだったよ。気負わず、素直に感情を出すっていい事だね」
「それが出来たのなら進歩だな」
これまで、美羽はずっと誰かに対して気を張っていたのだ。
悠斗以外にも気負わずに振舞えたという事は、きっと美羽にとって大きな一歩だったのだろう。
小さな棘がちくりと胸を刺したが、そんな事はおくびにも出さずに笑顔を作った。
美羽が学校で素を出せる日も遠くないかもしれないと思っていると、美羽が照れ臭そうに淡く穏やかな笑みを浮かべる。
「でも、その一番は悠くんだよ。今までも、これからも」
「……そっか」
小さな棘がするりと抜け、甘い感覚が胸を満たした。
この気持ちを今日だけにしたくなくて、悠斗の口が勝手に言葉を紡ぐ。
「なあ。明日もし暇だったら、家に来ないか?」
明日が何の日か、美羽が分からないはずはない。
例え普段と同じように悠斗の家に来るとしても、それが友人の家であっても、異性である以上は意識してしまうだろう。
それでも、美羽は花が咲き誇るかのようにふわりと微笑んだ。
「うん、じゃあ行くね」
「……それとだな。実は家の近くの大型百貨店の傍で、この時期だけのイルミネーションがあるらしいんだ。美羽さえよければ、見に行かないか?」
この時期に外で行われるイベントなど、来る人は大体予想出来る。悠斗一人だったら間違いなく行かなかった。
けれど、美羽となら見たいと思ってしまったのだ。
気恥ずかしくなって早口で告げると、美羽がくりくりとした目を大きく見開いた。
「……いいの? 外で私と一緒にいるの、大勢の人に見られちゃうよ?」
「学校から離れてるし、見られても俺達が知り合いだって事はバレないだろ。一応念には念を入れて夜に見に行きたいんだけど、駄目か?」
イベントは屋外で行われているので、いくらライトアップされていても周囲は薄暗いはずだ。
そんな場所にわざわざ悠斗達を見つけて学校に広めるような人がいるとは思えないし、そもそも見つかる確率も低い。
ただ、夜に出かけるので美羽がいいと言うかは分からない。おそるおそる尋ねれば、美羽がぶんぶんと何度も大きく頷いた。
「全然いいよ! むしろお願いしたいくらい!」
「なら良かった」
「でも、急にどうしたの?」
今までさんざん美羽との関係がバレないようにしてきたのだ。
バレにくくするとはいえ、悠斗の行動に違和感を覚えたのだろう。
澄んだはしばみ色の瞳を見つめながら言うのは恥ずかしいので、すっと視線を逸らす。
「……まあ、外での接触を拒んでるお詫びってやつだ。明日くらいはいいだろ」
「別に気に病まなくてもいいんだけど。でも、お言葉に甘えようかな」
にこにことご機嫌な笑みの美羽が悠斗の横から正面へと移動した。
美羽へ言葉を伝えるのに必死になっていて周囲を確認していなかったが、東雲家にもうすぐ着く。
「じゃあ悠くん。明日のデート、楽しみにしてるね! おやすみ!」
「あ、おい!」
悠斗の返事も聞かずに、美羽が家へと走っていった。
見間違いでなければ、小さな耳が真っ赤に染まっていたと思う。
「……何がデートだよ、全く」
デートと聞いて一般的に思い浮かべるのは、恋人同士のお出かけだ。
悠斗達は決してそういう関係などではない。それでも、あんな言葉で悠斗をからかうくらいに美羽は喜んでくれた。
ぽつりと悪態をついたものの、口角が上がっているのが分かるし、頬の熱さも感じる。
「クリスマスねぇ……」
去年のクリスマスなど、勉強しているかゲームしているかだったので、毛ほども興味はなかった。
けれど、今は明日が待ち遠しいと思えるくらいに胸が弾んでいる。
たかがイルミネーションを見るだけなのに、どうにも落ち着かない悠斗だった。




