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第71話 読書をする場所

 昼飯を終えて、悠斗の部屋へと美羽と一緒に戻ってきた。

 最近では美羽がこの部屋に来る事も多く、変な緊張もしなくなってきている。

 とはいえ近付くと意識してしまうので、それとなく距離を置いているのだが。

 美羽の方はというと今日も今日とて読書らしく、本棚から本を抜き出している。


「ねえ悠くん、やりたい事があるんだけど」


 数冊の本を持った美羽が、立ったままおずおずと尋ねてきた。

 普段通り、ベッドの縁にもたれ掛かればいいのではと首を傾げる。


「内容次第だな。というか座らないのか?」

「それなんだけど、ベッドに乗ってもいい?」

「ああ、そういう事か」


 ベッドに乗るくらい好きにしていいのだが、美羽としては確認しなければ気が済まないらしい。

 表情からは申し訳ないというよりかは、不安を感じているのがうかがえる。

 ベッドに乗られた事で何が起きる訳でもないし、美羽がやりたい事を言ってくれたのだ。

 義理堅い美羽に苦笑しつつ頷く。


「いいぞ」

「ホント!? じゃあ遠慮なく、お邪魔しまーす!」


 ぱあっと顔を輝かせた美羽が悠斗のベッドへと上がる。

 それだけでなく、数時間前には悠斗が寝ていた場所へと体を埋めた。

 淡い栗色の髪がベッドに広がって波打ち、悠斗のベッドとは思えない美しい景色を作り出す。


「いや、何やってんだ?」


 あまりの綺麗な光景に思わず見惚れてしまったが、固まっていた思考を回転させて尋ねた。

 普段から使用しているベッドに、好意を向けている女性が体を預けているのだ。

 もちろん嫌ではないし、甘えていいとも言ったが、流石にこれはやり過ぎな気がする。

 唯一の救いは美羽の服装がロングスカートな事だろう。これが短かったら大変な事になっていたはずだ。


「もしかして駄目だった?」


 ベッドに埋めていた顔を上げ、酷く心配そうな声色で美羽が尋ねてきた。

 瞳はうっすらと潤み、眉はへにゃりと力なく下がっている。

 捨てられた子犬のような態度を取られて、何も言えずにぐしゃりと前髪を潰した。


「……美羽が良いなら好きにしてくれ」

「ふふ。ありがとう、悠くん」


 柔和な笑みへと表情を変え、美羽が再びベッドへと頭を乗せる。

 どう考えてもおかしな光景なのだが、美羽が喜んでいるのでこれでいいはずだ。


「……悠くんの匂い、いっぱいするね」


 美羽がすんすんと鼻を鳴らしてベッドを嗅ぐ。

 悠斗の匂いが強く移っている場所の匂いを嗅がれて、頬に熱が宿り始めた。


「そこで寝てるんだから当然だろ。嫌ならベッドの上から退いてくれ」

「嫌な匂いじゃないよ。なんていうか、落ち着く」


 とろりと顔を蕩けさせた美羽が、寝転んだまま悠斗へと微笑みを向ける。

 魅力的な笑顔と心臓に悪い発言をぶつけられて、悠斗の心臓が鼓動を早めた。

 呻きそうになるのを必死に堪えつつ、大きく息を吐く。


「……何だか、今日は今までと違うな」


 自惚うぬぼれていいなら、この家は東雲家の次に美羽が落ち着ける場所という自負がある。

 とはいえ、これまで美羽は一度もこんな気を抜いた姿を見せていなかった。

 気になって尋ねると、美羽が安心しきった笑み浮かべる。


「悠くんにならこういう姿も見せていいかなって。私だってずっとしっかりしてる訳じゃないんだよ」

「それは、分かるが……」


 美羽の言葉を理解して、悠斗は口が弧を描いていくのを必死に抑えた。

 想い人が油断した姿を見せてもいいと判断してくれたのだ。この状況を喜ばない人などそういない。

 しかし、簡単に許していいのかとも思う。

 一言くらい言うべきかと口を開くが、歓喜の感情が本来言うべきである注意の言葉を止めてしまった。

 そんな悠斗の内心など分かるはずもなく、美羽がのんびりとした口調で言葉を紡ぐ。


「自分の部屋ではこうしてゆっくりスマホを弄ったり、ぬいぐるみの手入れをしてるんだー」

「本当に大事にしてくれてるんだな」


 美羽の姿を見てはいけない気がして、視線を僅かに逸らす。

 嬉しさから口にしたのだが、美羽がむっと唇を尖らせた。


「当然だよ。私の一番の宝物なんだから」

「……ありがとな」


 胸の暖かさが大きくなりすぎて、顔へと向かう熱を抑えられそうにない。すぐに悠斗の顔は真っ赤になるだろう。

 照れた顔を見られたくなくて美羽に背を向ける。


「まあ、好きにしてくれ。俺はゲームでもするよ」

「はーい」


 後ろから弾んだ声と紙をめくる音が聞こえてきたので、美羽は本当に悠斗のベッドの上で過ごすようだ。

 先程のように横になったまま本を読むならば、危険な体勢になるかもしれない。

 絶対に後ろを向いては駄目だと言い聞かせ、悠斗はゲームに集中するのだった。





「……お、もう三時過ぎか」


 美羽が悠斗のベッドにいる事以外は普段と変わりなく、無言でありつつも穏やかな時間が過ぎていった。

 数時間同じ姿勢でいたからか体が固まっており、椅子から立ち上がって背伸びをする。


「美羽、何か飲み物とか――」


 いるか、と尋ねようとしてベッドへと視線を向けたのが失敗だった。


「んー。私が取りに行くよー」


 間延びした声とふにゃりと緩んだ笑顔が向けられるだけならまだいい。問題は美羽の体勢だ。

 ベッドに肘を立てながら本を読んでいたせいで、薄手のシャツの胸元が見えてしまっている。

 どこかで見たような光景だなと思いつつ、ちらりと視界に入った白い布地から目を逸らした。

 幸いな事に美羽はすぐベッドから降りたので、ホッと溜息をつきつつ視線を戻す。


「それは助かるんだが、流石に油断しすぎだ」

「もう、何度言わせるの? 別に悠くんなら――」

「下着を見られてもいいと?」


 今回ばかりは、いくら恥ずかしくても言わなければならない。

 油断している姿を見れるのは嬉しいが、限度があるのだ。

 美羽の言葉を遮ると先程の体勢を思い出したのか、美羽の顔が一気に赤へと染まった。


「あ、み、見られ……」

「……すまん。でも、気を付けてくれ」


 どのような理由であれ、下着を見た以上は悠斗が謝るべきだ。

 顔が熱いのを自覚しつつ素直に見た事を認めると、なぜか美羽が両手で頬を抑えてもじもじとしだす。


「……大丈夫だったよね? 変なの着けてないよね? ああ、もうちょっと良い物を着けてくればよかったかなぁ。というか、はしたないって思われちゃったかも。でも不可抗力だし大丈夫だよね。ああでも見られた事には変わらないんだし、でもでもさっきの悠くんは恥ずかしそうだったから大丈夫、そう大丈夫なはず。というか何が大丈夫なんだろう。あれ? もしかして私ってはしたないのかな? そもそも私は何でこんな事を考えてるんだろうすみませんでしたー!」


 普段の落ち着いた所作はどこへ行ったのかと思える程の機敏な動きで、美羽が悠斗の部屋を出て行った。


「……………は?」


 全く予想の出来なかった展開に、開いた口が塞がらない。

 美羽の独り言は小声かつあまりに早口過ぎて殆どが聞えなかったが、最後の言葉は謝罪だったはずだ。

 とすれば、先程の無防備過ぎる体勢をした事への謝罪に違いない。


「まあいいや。美羽の態度が分からないのなんていつもの事だし」


 恋人すらいない悠斗が女性の機微を把握出来る訳がないのだ。

 考えても無駄だと頭を振って疑問を追い出す。


「で、いつ帰ってくるんだろうか」


 その後美羽が部屋へと戻ってきたのは、たっぷり三十分が過ぎた後だった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「……大丈夫だったよね? 変なの着けてないよね? ああ、もうちょっと良い物を着けてくればよかったかなぁ。というか、はしたないって思われちゃったかも。でも不可抗力だし大丈夫だよね。ああでも見…
[良い点] 壊れ美羽ちゃんかわゆす [一言] 雰囲気がもはや夫婦かな?
[一言] 気を抜き過ぎたようですねー。何か普通のラブコメ展開と方向性違うけど、個人的にはこっちの方が好き。
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