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第70話 日曜日の朝

「ふわぁ……」


 目を覚ますともう昼前であり、日曜日は惰眠をむさぼるに限ると思いつつあくびをする。

 美羽の予定は聞いていないが、来るとしてもこれまで通りもう少し後だろう。

 エアコンのタイマーを切っているので暖かい布団が恋しく、二度寝したい誘惑に駆られる。

 しかし喉が渇いたので、体に鞭を打って廊下へと出た。


「うぅ、寒い……」


 十二月もほぼ半分が過ぎ、廊下の空気は自室よりも冷え込んでいる。

 パジャマを着ただけでは何の防寒にもなっておらず、寒気が悠斗の肌を撫でた。

 早く飲み物を取って自室に戻ろうと、足を動かしたところで――


「……下から物音がするな」


 不審者かと思って強張らせるが、悠斗の家に許可なく入れる人がいると思いなおす。

 とはいえ、悠斗のスマホには何の連絡もなかったはずだ。

 疑問を確信へと変えるために一階に降りると、玄関にはとっくに見慣れている小さい靴が綺麗に並べてあった。


「どういうつもりなんだか……」


 やろうと思えばいつでも出来た事だし、するなと言った覚えもないが、その理由が分からない。

 小さく呆れた声を零しつつリビングの扉を開けると、予想していた通り小さな姿がキッチンに見えた。

 少女はすぐ悠斗に気付いたようで、眉を下げて微笑みながら鈴を転がすような声で挨拶してくる。


「おはよう、悠くん。それともこんにちはかな?」

「おはよう。今日はどうしたんだ?」


 寝起きに愛しい少女の顔を見られるのは幸せではあるが、疑問は浮かんだままだ。

 先週までと違う行動を取っている理由を尋ねれば、美羽が悪戯っぽく瞳を細める。


「やりたいようにやったの。駄目だった?」

「鍵を渡してるんだし、駄目じゃないけどさぁ……」


 平日は美羽の方が先に悠斗の家に帰っているのだ。悠斗の許可なしに家に入られたところで怒りはしない。

 先日やりたい事をやると言われたが、こんな行動を取られるとは思っていなかった。

 頬を掻きながら尻すぼみに声を小さくすると、くすくすと軽やかな笑い声が聞こえてくる。


「ならいいでしょ? 悠くんが嫌がらない限り、日曜日はこうするからね」

「嫌じゃないけど、いつ来たんだ?」

「うーん。二時間くらい前かな?」

「起こしてくれよ……」


 こてんと可愛らしく小首を傾げながら何でもない風に言われたが、流石に来る時間が早過ぎる。

 美羽が来ている事が分かりようもなかったので仕方ないとは思っても、先程まで惰眠を貪っていた自分が恨めしい。

 起こせばいいだろうとがっくりと肩を落として尋ねれば、美羽がふわりと柔らかく笑んで首を振った。


「いいよ。私が勝手にやってる事だし、悠くんを付き合わせる訳にはいかないから」

「でも、家に住んでる人が迎えに行かないのは問題だろ」

「それを言うなら、普段私が悠くんよりも先に帰ってきてるのが問題だと思わない?」

「そりゃあそうだけど。でも俺がいいって言ってるんだし、気にする必要ないだろ」

「だったら、私が早くから来てるのもいいよね?」


 何だか丸め込まれているような気もするが、美羽の態度からは必死さが見えない。

 澄んだ瞳の奥には、強い意志が確かに秘められているように思える。


「……分かった。けど無理だけはすんなよ?」

「大丈夫。結構早寝早起きだから」


 ガシガシと頭を掻きつつ一応の注意をすれば、美羽が嬉しそうに微笑んで頷いた。


「それで、もうご飯にする?」

「そうだな。もう昼前だし、美羽もいるから早めの昼飯でも良さそうだ」

「はぁい、じゃあ悠くんは顔を洗ってきてね。寝ぐせもついてるよ?」

「……すぐ直してくる」


 小さな子供に対するような態度を取られて気恥ずかしくなり、きびすを返してリビングの扉に手を掛けた。

 すると、からかうような声が聞こえてくる。


「もしよかったら、私が悠くんの寝ぐせを直そうか?」

「そこまでされるほど子供じゃない」

「ふふ、ざんねん」


 ぶっきらぼうに答えると、本心なのか冗談なのか分からない声が返ってきた。

 一瞬だけ美羽に世話をされるのも悪くないと思ってしまったが、寝ぐせを直してもらうのは流石にやりすぎだ。

 すぐに洗面台に向かい、冷水を顔にかけて火照った顔を冷やすのだった。





「朝早くから家に来たのはいいんだが、そんなに早くから何をしてたんだ?」


 パジャマを着替え、顔を洗い終えてから昼食を取っている最中、ふと疑問が浮かんだので尋ねてみた。

 ゲームや本は悠斗の自室にあるし、学校の課題も夕方一緒にしているのだから、リビングで出来る事はそう多くないはずだ。

 ただ単に思いついただけなのだが、なぜか美羽が視線をすっと逸らした。


「……勉強してたの、課題以外にも出来る事はあるからね」

「流石だな。というか、だからこその順位なんだろうけど」


 改めて美羽の勤勉さを思い知り、感嘆の声を漏らす。

 最近は家事や悠斗の部屋で遊んだり等で、自主的な勉強をしている所を見る事が少なかった。

 好きだから勉強しているのではないのは知っているが、こういう時に勉強出来るのが成績上位者たるゆえんなのだろう。

 本心から褒めているのに、美羽はなぜか顔を曇らせた。


「ねえ悠くん。部屋の鍵って掛けないの?」

「いきなり何だよ。俺しか家に居ないんだし、掛ける理由がないだろ」


 あまりに唐突な話題の変え方に眉をひそめるが、テスト後の休日の昼飯時に勉強の話題など嫌だったのかもしれない。

 分かりきった答えを告げると、美羽が気まずそうに視線をさ迷わせ始めた。


「私が家に入れるんだけど」

「それがどうした。今更悪戯されるなんて思ってない」


 この期に及んで美羽を疑っていると思われているのなら心外だ。

 じっとりとした視線を向ければ、美羽がいきなり頭を下げた。


「ごめんなさい」

「いやいや、何で謝るんだよ。もう何が何だか分からん」


 先程からの表情といい、悠斗の頭では美羽の内心を把握出来そうにない。

 少なくとも、なぜ謝ってきたのか理由を知らなければ、許す事も出来はしないのだ。

 (かぶり)を振ると、美羽が言いにくそうに口をもごもごさせる。


「……えっと、とにかく部屋には鍵を掛けた方がいいよ?」


 どうやら理由は話してくれないらしい。

 いくら美羽が悠斗を信用しているとはいえ、話したくない事はあって当然だ。

 気になりはするが罪悪感を感じているようなので、強引に聞き出す必要はない。


「気が向いたらな」


 要点の掴めない忠告をされたが、改善する気は起きない。どうせ普段悠斗と美羽しか入らないのだから。

 適当な返事をする悠斗に、美羽が思いきり肩を落とした。


「どうなっても知らないよ?」

「そこまで言うなら、少しくらいどうなるのか教えて欲しいんだが?」

「……それは、ちょっと」

「はぁ……」


 訳の分からない会話の中、昼食を平らげるのだった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] Morning wood確認しましたッ??
[一言] ニヤケが止まらんな……
[良い点] 気付けば、もう、そこにいる。ホラーだ! 心臓発作でやられてしまう。寝起きに美羽がいるとか、これもう悠斗の主観では同棲だろ。 悠斗の起きる二時間前て。昼食の準備以外にすることもなさそうだけ…
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